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真夏の九死に一生スペシャル

あの時もしかしたら死んでたかも。
そんな体験を誰しも一度はしたことがあるだろう。

私のそれも先日急にやってきた。

少し早い夏休みをいただき、ベトナムに旅行に行ってきた。
その帰り道での出来事だった。
私は成田空港から自宅に帰る際に東京駅行きのバスに乗った。猛暑なので少しでも涼しく楽に帰りたいと思ったのだ。

私の予想通り静かで涼しいバスは快適で、旅疲れでうつらうつらしたり、隣の席の友人と談笑しながら順調に東京駅に向かっていた。

高速道路も終わりに差しかけ、帰宅後に行う洗濯のことなどを考えていたその時、前を走っていた軽トラックの荷台からスチール製の脚立が落下してきた。

多分、手で持ち上げたらそれなりに重い脚立だが、高速で走る軽トラからカーブの遠心力を使って、葉っぱのようにヒラッとこちらに落ちてきた。

「わ!あぶない!」声が出る手前。のどの奥で叫んだ。

ここは高速道路。あちらが高速で走っているならこちらも高速で走っているのだ。よく言われていることだけどこんな時は、脚立がバスの前方に落下するまでの一瞬が、コマ送りの映像みたいにゆっくり感じた。

大事故を覚悟したけどそれは起こらなかった。

ハシゴはバスの前にがしゃんと落ちて、運転手さんはそれを聡明なハンドルさばきでサッとかわして、何事もなかったかのようにバスは走行を続けた。そうして私たちは無事に東京駅に着いた。予定時刻ぴったりの時間だった。

運転手さんは一言もこのアクシンデントのことをアナウンスしたりしなかったし、後ろの方の席に座ってた人はこんな一幕があったこともきっと知らない。多くの人は旅の疲れで熟睡してて「あーもう着いたのか」そんな感じだったと思う。

警察を呼ぶほど大ごとにならなかったから、日常の「あらら」なひとコマとして通り過ぎたけれど。
もし、ハシゴがフロントガラスに当たっていたら…
もし、ハシゴにぶつからないように切ったハンドルのせいでバスがガードレールに直撃していたら…

想像するとぞっとした。

私のこのnoteは無言の終わりを迎えていたかもしれないのだ。こんな無名な私では知人でないフォロワーの方にはその死も知られることはないだろう。

私はラッキーなんだと思った。
こんな体験出来ればしたくはないけど、ぞっとした後に生かされたことに対する半端ない喜びが湧き上がってきた。

最近、若くして白血病になった方の記事なども読んでいたのでなおさら今生きていることは当たり前ではなくむしろとてもラッキーなことなのだと思った。

いつどこで自分の命が終わるかわからない。
こんなにぼんやり生きてる私に神さまが情けをかけてくれたのかもしれない。「もう少し命をやるから自分の運命を自分で変えてみろ」そんな声が聞こえてくるようだ。

今道を歩いているあの人もあの人もこんな九死に一生を越えてきたのだろうか。みんなの九死に一生体験をインタビューして周りたくなる。そしてお互いが今ここにいる奇跡を祝って握手したい。赤子の頃から今までよくぞ死なずにここまで来たとお互いを称えたい。
それぐらい命が絶える機会って日常と常に隣り合わせに存在しているのだ。

私はあと何年あるかわからない余命を生きる。
いつか孫が生まれるまで奇跡的に長生きしたら、この平成最後の夏に起こった九死に一生スペシャルの話をしてあげたい。

#エッセイ #日記 #ひとりごと #平成最後の夏 #旅 

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都内勤務のしがない販促プランナーです。役に立つこととか難しいことは書けないとわかったので、日常のことを綴ろうと思います。
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