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0201:ウメ

乱れた呼吸を整えながら、面が外される。並べられた小手の上に面を置くと、まだ息が整いきらないうちに整列の号令がかかった。選手たちが師範の前に一列に並び終えると同時に、正座の声が掛けられる。

「黙想ーッ!」の合図で流れる沈黙。毎回、長くも短くも感じられるこの時間は、ただ息を整える為の時間ではなく、竹刀を置いても尚、剣への気持ちを切らさずにいるための重要なひとときだ。

集中力と気持ちを切らさない。それが剣の道では大切なものであったりする。試合を明日に控えた僕たちは、その独特な緊張感の中、高まる気持ちを抑えきれずにいた。明日に向けて、この1年間どれほど辛い練習を乗り越えて来ただろうか。

「いよいよだな。」

数日前、共に汗を流した仲間がそんな言葉を掛けてきた。明日の試合で大将を務めることになるであろう彼は、強豪校出身というだけあって抜群に強かった。技術はもちろんだが、その負けん気の強さといったら彼の右に出るものはおらず、彼と向き合うと、竹刀の先からその気迫が伝わってくるような気さえした。

「絶対勝つから、俺まで回せ。」

彼のポジション、大将は団体戦でいう5番手。順番が回る頃には試合の勝敗が決まってしまっているなんてことももちろんあった。僕は大抵が3番手の中堅。1・2番手が負け、僕も負けてしまえばそこで勝敗が決まってしまう。

「当たり前だろ。絶対、終わらせない。」

彼とはそれ以上何も言葉を交わさなかったが、ニヤッと笑った彼は、すれ違い様に僕の背中を叩いた。背中への鈍い痛みを思い出した時、ちょうど師範の手からパンッという音が鳴り響く。黙想の終わり。そして、本日の稽古の終わりを告げる合図だった。沈黙の時間は、僕たちの早る気持ちを落ち着かせるには十分な時間だっだ。

__礼ッ!ありがとうございました!

ひとり、またひとりと仲間が道場を後にする。最後まで残った彼と僕は、チラッと目を合わせると、何も言わずに深々と道場に礼をした。言いたいことは分かっていた。僕の気持ちはあの時からずっと彼と繋がっている。2年前、同じ志でこの道場に足を踏み入れたその時からずっと。

彼がその場を離れたのを確認した後、僕はようやく顔を上げた。「終わらせない、絶対に。」去りゆく彼の背中を見つめながら、僕はただその言葉を繰り返した。

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■梅
不屈の精神 / 高潔

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