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顔に文法がある。大事なことは、理解すること、Yes/Noを示すこと、そして、手指以外の顔、肩、胸、首、姿勢の角度。|レクチャー「手話と出会う」第4回

Tokyo Art Research Lab(TARL)「思考と技術と対話の学校」では、アートプロジェクトを「つくる」という視点を重視し、これからの時代に求められるプロジェクトとは何かを思考し、かたちにすることができる人材の育成を目指しています。2020年度は、実践的な学びの場「東京プロジェクトスタディ」、アートプロジェクトの可能性を広げる「レクチャー」、プロジェクトを行う上で新たなヒントを探る「ディスカッション」の3つのプログラムを展開。レクチャー「手話と出会う〜アートプロジェクトの担い手のための手話講座(基礎編)」の様子や実施するなかでの気づきを、モデレーターを務める担当プログラムオフィサーの視点で綴ります。

今回は、第4回(7/22)の様子について。この日から1時間30分の講座時間となり、じっくり、じっくり、繰り返しながら、手話表現を身体に取り込んでいく時間がスタート。今回も前回に引き続き、サイレントな状態で行う復習コーナーからはじまりました。

▼前回のレポートはこちら

▼第4回|前回の復習「あなたの仕事は何ですか?」

講師の河合祐三子さんが手話で参加者の名前を呼ぶ。名前を呼ばれた本人は「はい」と手をあげて反応を示すと、河合さんから「あなたの仕事は何ですか?」と尋ねられて応えていく。仕事にまつわる手話は、第3回で学んだばかり。参加者は各自の仕事を表す手話を思い出しながら表していく。

「美術館の教育普及担当です」「建築の企画担当をしています」「私は2つあって、ひとつはアートプロジェクトの制作企画の担当、もうひとつは、大工さん。美術館の展示施工を行っています」「福祉介護の仕事とアートプロジェクト担当をしています」etc...。

「アートコーディネーターです。...『コーディネート』はどう表しますか?」

わからない単語、言葉は河合さんがその場ですぐに示してくれる。コーディネートの表し方は2つあるのだそう。一つは、人形劇の人形を両手で吊り下げて上下に動かすようなイメージ。もうひとつは、両手で手綱を握るような形をつくり前後に動かす感じ。どちらも何かのバランスをみながらハンドリングしていくようなイメージだ。前回学んでいない単語も、こうした会話のなかで出会い、練習して覚えていけるのもこの講座の特徴かもしれない。

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「コーディネート」=「調整する」という手話表現

▼手話を学ぶうえで大事な3つのこと

「手話で会話するとき、最低限でも表現して欲しいことが3つあります」と、復習コーナーのあと、改めて、河合さんから手話を学ぶうえでの大事なポイントについて伝えられた。

(1)理解すること

相手の言っていることをまずは理解することが大切です。手話の初心者だからといって慌てる必要はありません。まず最初に「相手が何を伝えようとしているのか」それを受け取り、理解することが大事です。

(2)Yes/Noを示す

必ず表現してください。わかる、わからない。良い、悪い。どちらなのかはっきりと示してもらえないと不安な気持ちになります。

(3)NMM(Non-Manual Markers)=非手指標識

NMMとは、手指以外の顔(眉、目、口)、肩、胸、首、姿勢などの角度といった身体のこと。例えば、「あなたは◯◯さんですか?」と人に尋ねるときは、手話で尋ねながら、同時に、眉を上げ、首を傾ける(どう?合っていますか?と尋ねるときの仕草)。「そうです!私です」と肯定したり、または驚いたときは、その手話で応えながら身体を後ろに倒すような動作を行います。

▼顔に文法がある

よく「ろう者は表情が豊かですね」と言われるのですが、表情が豊かというよりは、「顔に文法がある」のです。

河合さんのこの説明を聞いて、ハッとすると同時に、先ほどの大事な3つのポイントがストンと腹に落ちた感覚があった。手話はけっして手指だけで表すものではなく、顔や肩、胸といった身体の動作が文法となって手指で表される言葉を結び、話者のイメージの塊を相手に受け渡せるのだなと。

以上の大事なポイントを改めて確認して、ここから第4回の本題へ。今回、新たに学ぶのは、大きい/小さい、強い/弱いといった「度合い(程度)」の表し方だ。

▼「度合い(程度)」の表し方とNMM(非手指標識)

例えば、天気を表すとき。「今日は雨が降っている」と言っても、ポツポツ降る小雨なのか、ザァーザァー降りの大雨なのかわからない。「晴れている」といっても、ほどよく晴れている感じなのか、雲一つない快晴なのかわからない。手話では、それらの状況を手話とNMMを用いて表現していく。

「小雨」の場合は、細い線が空から降ってくるようなイメージで、両手の人差し指を使って空に線を引きながら「ぽつぽつ」と言う。「ザァーザァー降りの大雨」は、空から大量の雨粒が降っていくイメージで、両手指を雨に見立てて激しく空から下に向かって両手指を下ろす。このとき大事なのが「顔の表情」だ。大雨のなか外を歩いた日のことを思い出してほしい。雨が顔を打ち、目もうっすらとしか開けられず、鼻頭にぎゅっと力が入るようなしかめっ面のあの表情。その「顔の表情」と「強い雨が降る」という表現が同時に表されることで、相手にその大雨の度合いを伝えることができる。

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大雨を表す河合さん。「土砂降りの雨」というのが一目で理解できる

▼買う?/買わない 〜疑問と否定の手話表現〜

誰かに質問するとき、それに応えるときもNMMが大事になってくる。

「あたなは、これ買いますか?」と尋ねるときは、あなた=「人差し指で相手を指差す」+ これ=「対象を指差す」+「買う」を表す手話 + ?=「眉を上げ、首を横に倒す動作(または、首を前に倒す)」。

「『あなた』と人を指差すことに少し抵抗があるかもしれませんが、手話の場合は全然大丈夫です!」と河合さん。

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「いやいや、買わないです」と断る場合は、「買う」を表す手話 + いいえ(否定)=「いやいや、と片手を振る」&「首もいやいやと横に振る」

最初は、手指で手話を表しながら顔や身体を動かすことに慣れないかもしれないが、これも会話をしながら少しずつ身につけていけば大丈夫とのこと。やはり、繰り返し、繰り返し練習あるのみ。

顔の表情で、特にろう者が見ているのは「眉」の動き・表現なのだそう。たまにメガネのフレームと眉が重なっている人がいて、顔の表情が読み取れず迷うことがあるらしい(特にいまは、マスクも着用しているのでなおのこと分かりづらい)。そんなときは「肩」の表現から相手の意向をキャッチしているらしい。疑問形であれば肩が少し前に屈む、肯定であれば、胸を張り肩が開く。こうして話をきいていると、改めてろう者は目で聴き、身体で語るのだと感じた。ちなにみ、メガネの方は、気持ちオーバー気味にNMMを行うのが良いとのこと。ぜひ、恥ずかしがらずに!

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「これ、買う?」を練習している様子

その他にも、今回も新たにたくさんの手話を学んだ。例えば、「好き」=親指と人差し指を広げ、顎や喉のあたりから摘むように下に出す。「忙しい」=両手両指をだらんと下に下げて、何かを混ぜるようにかき回す。実は、この表現の語源は麻雀牌をかき混ぜるところから来ているらしい。確かに、わちゃわちゃと忙しなく動かすからイメージとピッタリだ。反対に、「暇」=両手を肘で外側に折り返し、顔を上にむける(欧米文化的な「さぁ?」というジェスチャーに似ている)。「大丈夫」=右手で左肩をタッチしてそのまま横にスライドさせ右肩をタッチする。

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[左]忙しい、[右]暇を表す手話

これらも「度合い」の表現を用いて強弱をつけて伝えることができる。動かす回数を増やし、表情を強めること(ぎゅっと目を瞑るなど)で、例えば「めちゃくちゃ忙しい!!」とか、「大好き!!」という伝え方ができるようになる。自分の感情がちゃんと乗った表現ができるようになってくると、手話と自分の感情や身体が繋がってくるような感覚になる。きっとその感覚が強くなると、より相手の気持ちの温度が伝わってきて、それを受け取りやすくなるのかもしれないなと思う。

▼「ゆみこ&ゆうこりん劇場」第2弾〜ろう者と聴者の文化の違いに触れる〜

ろう者と聴者の文化の違いやイメージの違いについて、河合さんと手話通訳士の瀬戸口裕子さんが芝居形式でお届けする「ゆみこ&ゆうこりん劇場」。今回は、聴者がやってしまいがちな「返答」のケーススタディ。

●行くの?行かないの?どっちなの...!?

河合さんと瀬戸口さんは何やらお出かけの約束をしているようです。

河合さん 明日美術館に行くんだけど、瀬戸口さんも一緒に行かない?

瀬戸口さん 行きたいけど...。

河合さん 行くんだよね?

瀬戸口さん 行きたいけど...。

河合さん ...ん?行く...よね?...どっちなの???

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この会話が聴者同士の場合だと、「行きたいけど...(行けない)」 ことを遠慮がちに示唆していると判断されることが多いだろう。ろう者の場合は、上記の返答の場合だと、行くのか、行かないのか、はっきりと判断できないのだそう。むしろ、「行きたい」という手話表現によって「行きたいのだから、『行く』んだよね?」と捉えてしまうらしい。これも聴者とろう者の捉え方の違いの一例だ。このような場合は、今回学んだ大事な3つのポイントのひとつ「Yes/No」を答えてから、理由を伝えるのが良いのだと教わった。

●「ちょっと」って何?

河合さんが瀬戸口さんに色々と質問をしています。

河合さん 明日行くよね?

瀬戸口さん ちょっと...

河合さん 遠いの?

瀬戸口さん ちょっと...

河合さん え?どういうこと...?分からない...!

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[左]瀬戸口さん「ちょっと...」 [右]河合さん「行くよね?」 

河合さんは、「行くの?遠いの?近いの?誰かと行くの?」と色々と尋ねたのだが、瀬戸口さんは「ちょっと...」とだけしか返答しなかった。聴者はよく「ちょっと...」と言ってしまうかもしれない。ろう者はその「ちょっと...」とが、何がどうちょっとなのか、何を示しているのか理解できない。

「ちょっと待ってください」ってどれくらい待てばいいの?

河合さんは、チケットセンターにチケットを買いに来ました。窓口スタッフの瀬戸口さんとのやりとりです。

河合さん チケット2枚ありますか?

瀬戸口さん 2枚あります。大丈夫です。

河合さん どれくらいの時間でもらえますか?

瀬戸口さん 5分待ってください。

このように、「5分待ってください」とはっきりと答えることが大事。おそらく聴者は上記の返答のところで、「ちょっとお待ちください」と言ってしまうことが多いのではないだろうか(私はそう言ってしまいがちだと気づいた)。でも、ろう者は「ちょっと待つ」というのが、5分なのか、10分なのか、あとどのくらい待てばよいのかわからず、心配になって困るのだそう。

ろう文化では、はっきりと具体的に伝える/答えることが必要なケースが多い。

はっきりと具体的に、相手に伝えることを心に留めて、少しずつ、少しずつ、その感覚を馴染ませていきながら手話での会話を楽しめるようになりたい!という思いを強くした回だった。

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これにて第4回のレクチャーは終了。第5回(7/29)では、食べ物や嗜好品など日常生活でよく使われる表現を、今回学んだ「度合い(程度)」の表現と合わせながら学んでいった。詳しくは、また次回に。

つづく...