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脳の解剖生理

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脳の解剖生理について調べてみました
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記事一覧

ストレス–めまい連関

序論めまい患者の多くが不安症や抑うつなどの精神疾患を合併していることが知られています。しかし、めまいが精神疾患を引き起こすのか、あるいは精神疾患がめまいを引き起こすのかについては、これまで明確な答えが得られていませんでした。また、めまいと不安障害の発症順序についても不明な点が多く残されていました。 本研究の目的は、動物モデルを用いて、めまいとストレス、不安症の相互作用のメカニズムを解明し、両者の関係性を明らかにすることです。これまでの研究から、扁桃体がめまいとストレスの関

心理ストレスに対する交感神経反応と行動反応の中枢神経メカニズム

序論ストレスとは、人生の重大な出来事や環境の変化など、生体に過度の負荷がかかる状況において生じる反応です。ストレスが加わると、交感神経系が活性化され、体温上昇、頻脈、血圧上昇などの生理的変化が引き起こされます。長期的なストレスが続くと、高血圧や糖尿病などの生活習慣病のリスクが高まります。 また、ストレスは不安やうつ病、PTSDなどの精神疾患の原因にもなり得ます。つまり、ストレスは身体と心の両面に深刻な影響を及ぼす可能性があります。ストレス反応の中枢神経メカニズムとして、

はまる脳,リスク志向な脳

序論近年、依存症、統合失調症、てんかん、パーキンソン病などの精神疾患や神経変性疾患患者が、健常者に比べてリスク志向的な意思決定をする傾向にあることが明らかになってきた。特に薬物依存症患者では、衝動的な神経回路と思慮深い神経回路のアンバランスが意思決定の障害につながっていると考えられている。意思決定プロセスに異常があると、合理的な選択ができず非合理的な選択をしてしまう原因となる。これらの疾患患者の意思決定プロセスを理解することで、新しい治療法の開発につながる可能性がある。

感情を生み出す脳と身体の相互作用

序論感情の認知神経科学的アプローチによる研究は、近年非常に盛んに行われており、感情のメカニズムについて多くの新しい知見が得られている。感情のメカニズムを解明することが、この分野の主要な目的である。感情に関する重要な問いとして、1)感情に関連する脳部位やネットワークがどのような役割を果たしているか、2)自律神経機能が感情の知覚や発生にどのように関与しているか、3)感情障害や自律神経障害を対象とした研究にはどのような意義があるか、などが挙げられる。 本論文では、まずEmoti

意欲の神経メカニズム

序論人間の行動や能力発揮は、機械とは異なり、意欲の影響を大きく受けます。これまで意欲は心理学や認知科学において長年研究されてきましたが、近年では脳科学の分野においても意欲の神経メカニズムの解明が進められています。意欲は内的な欲求と外的な刺激の相互作用によって生じ、私たちの行動を引き起こします。本論文では、意欲の神経基盤に関する最新の知見を概観し、その重要性を論じていきます。 意欲の神経メカニズムを理解することは、人間の心理状態を体系的に捉える上で不可欠です。本稿では、内的

Fight or flight と視床下部

序論生物は外部からの危険な刺激に直面した際、「戦うか逃げるか」の選択を迫られる「Fight or Flight」反応を示します。この概念は1929年にハーバード大学のWalter Bradford Cannonによって提唱されました。Cannonは、生命体がホメオスタシスを維持するために自律神経系や内分泌系を使うという考えを発展させ、外部の感情刺激が視床を活性化し、大脳皮質に伝わって情動体験が生じると同時に、視床下部が活性化されて身体反応が引き起こされるとしました。つまり、脊

めまいとストレス

序論前庭系は、めまいや平衡障害のみならず、ストレスや精神症状、認知機能とも深く関わっていることが明らかになっています。前庭系は縫線核や青斑核などの情動・覚醒に関連する脳部位と密接な神経連絡を持ち、ストレスや気分の変化がめまいの発症や増悪に大きく影響することが知られています。 また、前庭刺激自体が気分や認知機能、精神症状にも影響を及ぼすことから、前庭系と認知機能との関係性も深いと考えられます。このように、前庭系はストレスや精神的要因、認知機能と複雑に関連しているため、これら

精神的ストレス時の呼吸反応における視床下部と中脳の役割

はじめに私たちの自律神経系は、内的・外的環境の変化に対してホメオスタシス(恒常性の維持)とストレス適応の2つの異なるメカニズムで対応しています。前者はフィードバック制御によるもので、後者はフィードフォワード制御によるものです。精神的ストレスは、行動変化と交感神経活動の亢進を伴う自律反応を引き起こすことが知られており、これは私たちが獲得した「生き残り戦略」の一環である防御反応に起因していると考えられています。 この防御反応の中枢として、視床下部背内側核(DMN)と中脳中心灰

痛みと情動の生物学的意義

序論痛みと情動の関係は、人間の経験において深く結びついており、その重要性を理解することが不可欠です。痛みは単なる感覚以上の意味を持ち、情動的な側面と密接に関連しています。痛みは強い情動を引き起こし、逆に情動も痛みの知覚に影響を与えます。したがって、痛みと情動の相互作用を理解することは、人間の体験を包括的に捉えるために欠かせません。 痛みには、身体の異常を検出し、それに応じた行動をとるよう促す生物学的使命があります。痛みは危険や損傷のシグナルとして機能し、生存可能性を高める

マウスの社会的敗北場面を利用した心理的ストレス負荷モデル

序論ストレスへの慢性的な曝露は、うつ病をはじめとした様々な精神疾患の発症リスクを高めることが知られています。うつ病では、抑うつ気分や興味・喜びの喪失、認知機能の低下などの精神症状に加え、睡眠障害や食欲不振、体重変化などの身体症状が特徴的に現れます。このように、ストレスはメンタルヘルスに深刻な影響を及ぼす可能性があります。 従来、ストレスと精神疾患の関係を調べる動物モデルとして、社会的敗北ストレスモデルが広く利用されてきました。しかし、この手法では身体的攻撃による苦痛を伴う

緊張型頭痛の病態と治療に関する私見

序論緊張型頭痛(TTH)は、慢性的で非がん性の頭痛の一種です。持続的な頭部や首の筋肉の過剰な緊張が主な原因と考えられており、精神的ストレスなども関与しています。TTHの主な症状は持続的な鈍痛で、時に軽度の吐き気などを伴いますが、片頭痛のような激しい発作はありません。 TTHは一般的な病気ですが、その社会的影響は決して小さくありません。頭痛による生活の質の低下や、労働生産性の低下、医療費の増加など、個人やコミュニティに大きな負担をかけています。そのため、TTHの適切な理解と

脳の中の巨大な接合領域:頭頂葉

序論頭頂葉は大脳の中央上部に位置し、前頭葉、後頭葉、側頭葉に囲まれた重要な領域である。この領域には一次体性感覚野を含み、身体の感覚情報を受け取り処理する役割を担っている。また、後部頭頂皮質は視空間認知や運動の計画・制御など、高次認知機能の中枢となっている。 さらに頭頂葉は、共同注意や自己意識、他者理解、言語処理など、社会的認知にも深く関与している。つまり、頭頂葉は感覚統合、運動制御、社会的認知など、様々な認知機能において中心的な役割を果たしている。 本論では、頭頂葉のこ

内受容感覚と感情をつなぐ心理・神経メカニズム

序論 - 内受容感覚と感情の関係性感情は私たちの日常生活に深く関わる重要な要素です。喜怒哀楽といった感情体験は、人生の質を大きく左右します。そのため、感情の神経基盤を解明することは、心の健康維持や精神疾患の理解、新たな治療法開発につながる重要な課題です。 感情経験の基盤にあるのが、内受容感覚と呼ばれる身体内部の感覚です。内受容感覚とは、身体内部環境に関する情報を認知する能力のことで、具体的には痛み、体温、内臓、筋肉、前庭系、体液の状態などに関する感覚を指します。つまり、心拍

変形性関節症はなぜ痛いのか?

序論変形性膝関節症は、高齢者に多く見られる関節疾患です。女性の約40%、男性の約25%が変形性膝関節症を患っているとされ、高齢になるほど有病率は上昇します。この疾患は関節軟骨の変性や骨棘形成を特徴としますが、下肢アライメントの異常や半月板損傷なども併せ持つことがあり、関節痛、腫脹、可動域制限などの症状を引き起こします。 本論文では、変形性膝関節症の痛みのメカニズムについて最新の知見を踏まえて解説することを目的としています。痛みの原因には単に骨や軟骨の構造変化だけでなく、滑