建築/かたちことば(鹿島出版会)を楽しむ

著者の一人,元岡展久氏より6月に送っていただき、ようやく読み終えた。もっとも、急いで通読するよりは、写真と言葉を少しずつ味わうということが本書のねらいでもあろうから、建築を考えるときに、また引っ張りだすのがこの本の読み方かもしれない。
東京大学香山寿夫研究室門下の4人の建築家/大学教授による建築を語る書である。かたちが的確なことばに置き換えられて綴られている。時にはことばをかたちに戻すことが容易でないことに気づかされることもあったが、それは自分で見ていないからに違いない。建築を志そうとする人、建築の思いに浸ってみたい人に、設計でかたちのヒントを求めている人に、大いに参考になるのだろう。
全編にわたり、建築の部分を取り出して、そのかたちを語っているのであるが、要素、部屋、細部という3つのことばの3章立てとしているが、要素が9項目あって大半を占める。要素にあてはまらない部分を部屋と細部というまとまりにしたのだろうが、そのことばの選択に迷ったのではないかと想像する。初めに細部が取り上げられたら、膨大な数となり少々退屈なものになったかも知れない。
ことばを噛みしめる。特に、大学に居ると、ことばを自分勝手に定義すると議論にならないので、選ぶのに慎重になる。建築を語るとき、情緒的であったり、比喩的であったりが必ずしも心地よく受け取れないと思うことも少なくない。編集の間4人の議論が繰り返されたと言う点で、ことばの大切さが丁寧に検証されたのだろう。選ばれた13の項目も、カタカナ言葉は、ファサードのみで、他は、一般になじみのある日本語である。ということは、わが国には、ファサードという概念がなかったということか。
いくつか気になった項目について、メモしておく。
「大地から立ち上がる壁 サン・フランシスコ・デ・アシス」では、その土の壁の質感が、ウズベキスタン訪問を思い出した。世界遺産都市ヒヴァで同じように、大地から立ち上がる土の壁の印象が、日差しと土が建築を風景にする。
「屋根を際立たせる基壇 シドニー・オペラハウス」は、まさに、ここで基壇の設計がポイントだとつくづく思う。大地から直接立ち上がる建築と、基壇を設計してその上に建ちあがる建築がある。最近訪れた、夢の島体育館でも、鉄骨のドーム屋根を支えるRC壁に基壇を意識した。
「機械時代の象徴としての摩天楼 クライスラー・ビル」は、ニューヨークの空に100年輝いている。エンパイヤ・ステート・ビルと対比されるが、機械時代の象徴と言う意味では、どちらも味わい深いが、この先端部は、何ともお見事と言う外ない。
「街路と接のし、離れる入口 テラス・ハウス」(ロンドン)でも「空に開かれたU字型の部屋 フィラデルフィアの街路」でも、都市の集合住宅の豊かさを感じさせられる。こういう存在が身近にあると、昨今のわが国のように、戸建てが更地となった宅地に20戸のワンルームアパートなどありえないと、つくづく思う。
「ギリシア風内部空間 ボルドーの劇場」ヨーロッパにギリシアが生きているというのは、政治や文学だけでなく建築にも現れている。公共の場のワクワク感をこうした形で受け継いでいるのが羨ましい。もっとも、階段については、8例では、とても語り尽くせないだろう。
「記憶の上の部屋 落水荘」これだけ自然の中に入り込んで、人の空間を捻じ込むというのも驚きだ。ライトは、技術的に見通しが甘かったところがあって、落水荘ではキャンチレバーの撓みが問題となったが、後世に助っ人が現れるというのが、建築の力だ。
「崖に内包された街 クリフ・パレス」は、まさに驚異のまちだ。1989年に家族で車でアメリカを往復横断したときに訪れることができたのは幸いだった。700年もの間、こういう生活を続けえたということを想像するだけで、自然と敵対するような現代生活とは何かを思う。
「人をつなぐ外の部屋 島キッチン」過疎地に、芸術や建築を持ち込む意味を考えさせられる。「手間のかかる赤ん坊的建築」を委ねられてそれが10年も続いているって楽しいことだ。三陸沿岸にも震災後に立派なホールやスタジアムなどの建築が多く建てられ、地元としては恩恵を受けているように思われるが、コミュニティとしてどれだけ幸せ感を持てているか気になる。
「細部」については、いわゆるディテールのことだけでなく、まさに、建築のごく一部のコトやモノが語られている。著者たちは、きっとまだまだ多くの「細部」を持っているのだろう。さらに「かたちことば」を発展させてもらうことを期待する。
初めから、104の建築を選ぶとすると、とてもこうはならなかったと思うが、結果的に名建築(あるいは同じ設計者の類似例)として知られるものはけっこう含まれているように思った。サグラダ・ファミリア、サヴォア邸、アルハンブラ宮殿などについても、またの機会に触れられるのだろうか。これからも、大いに建築を語ってほしい。

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