葛飾応為の20世紀的視点
先日、太田記念美術館に、葛飾応為の吉原格子先之図を見に行った。そこで、不可解な点に気付き、勝手に考察したので聞いてほしい。
はじめは陰影や色彩の見事さに目を奪われていたが、ずっと見ていると…構図の不可解さに気づいた。
変な構図
邪魔な柱や壁
中央の中途半端な所に行灯や暗がりがある。せっかくの遊女が隠れているし、1本ならバランスが取れるが、2本もラインがあるのは「邪魔」だと思う。
美人の顔が見えない
格子が邪魔で、ろくに遊女の顔が見えないのも気になった。美人画を得意としていたはずの応為が、なぜ美人の顔を隠したのか?
隅々まで見ていくと、右上にしっかりと顔が見えている遊女が、1人だけ居る。
レイアウトの結果の偶然か?とも思ったが、左下にも格子の間にちょうど顔が見えるはずの遊女がいるが、わざわざ濃い影で顔が隠されている。
全体のアンバランスさ
中央に変なラインがあるので、妙なバランスになっている。
現に、展示のチケットのデザインでも、右側がカットされてしまっている。
父親の北斎をはじめ、その他の絵師の絵は、風景画も美人画も、こんな画面の使い方をしない。
応為にレイアウトの能力がなかったのか?他の作品(月下砧打美人図、三曲合奏図、春夜美人図)を見れば、そんな訳はないと思う。なんで、この絵だけ、こんなに変なんだ??何か意図がありそうだ。
考察
異時同図法なのではないか?
これは客の視点で、店に入るまでの流れを左から順に描いているのではないか?左から順を追ってみてみよう。
格子で顔が見えない遊女たちを客が眺めている。
ちょっと、お兄さん寄って行かないかい?
あら、あんなに素敵なヲイランも
千客万来 いづミ屋
店の入り口。前述した唯一、顔が見えている遊女。
「キミに決めた!」もしくは「俺は彼女が一番だと思うぜ!(金はない)」
5つの場面が左から順に流れているのではないか?
過去と現在など、異なった時間を同じ場面内に描く漫画の構成を「異時同図法」という。「捨身飼虎図」「鳥獣戯画」が有名で、同一の同じ兎や蛙を、同じ場面に複数描き、時間の経過を表す技法。
コマ割り
本作の特徴は「異時同図法」に加えて、格子を用いて「コマ割り」をしている点だと思う。不自然だと思った2本のラインで画面が分割されている。
「千客万来 いづミ屋」が吹き出しのようにも見える。現代の漫画と同様に右から左に並べるとこんな感じ。
複数場面を描きまくっていた?
このように見ていくと、他の応為の画と分かっている他の作品も複数のカットを同じ画面に描いているのではないか?と思えてくる。
カメラの垂直移動
月下砧打美人図
カメラ(=見る人の視界)を下から上、上からしたに、垂直に移動した場合、月の場面と女性の場面に分かれる。
春夜美人図
こちらも同様
コラージュ
三曲合奏図
それぞれ身分の違う女性であり、本来同じ場所にいるはずのない3人。
その差分により、同画面にあっても、3つの別の場面をコラージュしたような動きになる。
20世紀的発想
北斎が動き回る人や物の一瞬を、写真のように切り取ったのに対し、応為は一瞬を重ね合わせて、映像を作っているのか?とも思えてきた。
多様な角度から見た物の形を一つの画面に収めるという意味で、キュビスムに通づる物がある。ピカソがキュビスムを始めたのは1900年代。
その原型となったと言われる、ポール・セザンヌが「りんごとオレンジ」を描いたのは、1800年代の末。
吉原格子先之図が描かれたのは1818〜1860年。19世紀の前半にこんな発想をしていたのだとしたら、タイムトラベラーだったのではないかと疑いたくなる。
西洋の技法を取り入れたなど、諸説ある人物だが、こう考えていくと、応為は単に世界を追いかけたのではなく、北斎とは別の方法で、世界を先取りしていた存在なのではないのか?
…だったら面白い。
高解像度画像↓
以下、余談
細かい観察メモ
陰影
格子や屋根の垂木に至るまで、角度によって一本一本かき分けられている。
光源の色は同じでも、提灯は赤、行灯は白というように、光の色だけが異なっている。そして、地面に落ちる、提灯と格子越しの光、それぞれ違う色の光の混ざりあっている所も綺麗にまとまっている。
かんざしの透明感
華やかな装飾が美しい絵だが、中でもかんざしの表現に目を引かれた。
右側の歩いてる遊女を見ると、髷の影がかんざしに透けている。また、中央の格子のすぐ後に立っている遊女はシルエットで表現されているが、かんざしだけが光を通すので、明るい黄色をしている。
さらに、地面や左手の壁に目をやると、かんざし一本一本の影まで描かれているが、この影は人物の影よりやや淡く表現されている。
余談の余談
今回調べている過程で、変な資料を見つけた:
「擬新吉原細見狂歌集」という偽の吉原細見が残っていた。何のためにこんな物が出版されたのだろう??
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