篠乃崎碧海

映画や音楽の感想、旅行記、書評など。

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最近の記事

『メメントモリ・ジャーニー』 書評

『メメントモリ・ジャーニー』 メレ山メレ子 著/亜紀書房 ISBN:978-4-7505-1485-7 「ああ、旅に出たいなあ」  日々の中でふとそう思う瞬間がどれくらいあるだろうか。  本書はそんな思いが常日頃から頭の片隅をよぎってやまない、あるいは漠然とした「どこかに行きたい」気持ちに苛まれてなんとなく鬱屈している人にこそお勧めしたい本だ。  著者のメレ山氏は、会社員として勤めるかたわら、ブログで旅行記を発信したり、自然科学系のコミュニティでイベントの企画・運営を行っ

    • 『常世の花 石牟礼道子』 書評

      『常世の花 石牟礼道子』 若松英輔 著/亜紀書房 ISBN:978-4-7505-1546-5  声なき者の声や、形にさえならない痛みにじっと耳を傾ける。言葉にするだけなら簡単にできるかもしれないが、真にそうあることは誰にでもできることではない。  石牟礼道子はまさにそのように生き、失われようとしていた小さな声をそっと掬い上げて言葉として残した、数少ない人物だ。  亡き者とともに生きるとは。本書はそんな答えの出ない問いに、水俣病患者に寄り添い続けた石牟礼の言葉や生き方を通じ

      • 『EOSOPHOBIA』書評

        『EOSOPHOBIA』 篠乃崎碧海/2022年11月20日文学フリマ東京35初頒布作品 通販はこちら→https://aomi-su-su.booth.pm/items/4335675  随分と毛色の異なる作品が出てきたものだ、というのが第一印象だった。木漏れ日のさす柔らかな景色、ふっと涙のこぼれるような夕暮れ、遠い記憶の中にゆったりと揺蕩う春の残響――そういうものを得意としているかと思いきや、二年ぶりの新作は光のささない深い夜の底から始まったのだから。 (これは、著者自

        • 『1793』 書評

          『1793』 ニクラス・ナット・オ・ダーグ 著 ヘレンハルメ美穂 訳/小学館 ISBN:978-4-09-407162-7  1793年秋、ストックホルムの魚倉湖で見つかった死体は、両手足を切断され、目も舌も失われていた。凄惨な事件の真相を追うべく立ち上がったのは、末期の結核に侵された法律家――セーシル・ヴィンゲと血の気の多い隻腕の元軍人――ミッケル・カルデル。僅かな手がかりと正義の灯を頼りに、二人は汚物と腐敗に荒みきった街の深淵に踏み込んでいく。  ここまでのあらすじ

        『メメントモリ・ジャーニー』 書評

          『ハイドロサルファイト・コンク』 書評

          『ハイドロサルファイト・コンク』 花村萬月 著/集英社 ISBN:978-4-08-771783-9  圧倒的な死の可能性を前にして、果たしてそれを正確に書き残しておけるだろうか。いざそのときが訪れたとして、直面している状況、心身に起こる様々な変化、目まぐるしく移り変わるあらゆる物事、その全てをありのままに保存することはできるだろうか。時々そんなことを考える。  恐らく書き残すことはおろか、正常に思考することすら難しいだろう。本能的な恐怖と逃避行動の果てに精神を壊すか、生ぬ

          『ハイドロサルファイト・コンク』 書評

          『僕は美しいひとを食べた』 書評

          『僕は美しいひとを食べた』 チェンティグローリア公爵 著 /大野露井 訳 ISBN:978-4-7791-2784-7  「食べちゃいたいくらいかわいい」という表現を、私たちは至って普通に受け入れる。受け入れるし、使いもする。  そのとき実際に食欲を感じていなくても、口に含んだり飲み込んだりしたいと本気で思わなくても、「かわいい」「愛おしい」という感情に対して「食べたい」がくっついてくることに、大きな違和感は覚えない。よくよく考えてみれば不思議に感じるかもしれないが、「食べ

          『僕は美しいひとを食べた』 書評

          『悲しみの秘義』 書評

          『悲しみの秘義』 著者:若松英輔 ISBN:978-4-904292-65-5  言葉と思考を尽くして悲しみを胸の奥深くまで、深呼吸して体と精神の隅々まで行き渡らせる。目を逸らさず、言葉を濁さず、心の声に嘘を返さずまっすぐに向き合った先に見えるものを、本書は教えてくれる。  著者は批評家でもあり、詩人でもあり、キリスト教徒でもあり、言葉の観察者でもあり、かけがえのない存在を喪ったひとりの人間でもある。本書には多くの引用が出てくるが、著者が様々な要素を持つからこそ、言葉と世

          『悲しみの秘義』 書評