原稿時聴覚ハック 2021年12月3日の日記

<本記事は、あとーす様の『執筆ハック Advent Calendar 2021』https://adventar.org/calendars/6505)に参加させていただくエントリです>

士気を上げるために歌われる軍歌という概念があり、原稿がいくさであるとするのならば。その戦いにおいても、音楽は一定の役割を果たしうる。それはときに凍り付いた指に最初の一打を促し、ときに砂漠を吹き抜ける熱風をその身で遮り、ときに思考の茨道すらをも切り開く。視覚をエディタの上の文字列に奪われている私たちにとって、聴覚は共に征くことのできる強力な仲間である。

アドベントカレンダー企画ということで初めて拙文を読んでくださった方もいらっしゃるかもしれませんので、簡単に自己紹介させていただきます。青島もうじきと申します。百合やSF、メタフィクションを主な対象とした小説を書いています。最近ハヤカワ文庫の『異常論文』に短編が掲載され、商業デビューと相成りました。豆乳が好きです。音楽も好きなので、今回はいにしえの同人誌のあとがきによく見られる「文章を書く時、どんな音楽流してる?」を至極真面目に考えていきたいと思っております。味覚や嗅覚、触覚あたりのハックは専門外です。

この記事は、ロードワークをするボクサーがイヤフォンからロッキーのテーマを流して強くなったような感覚を得るように、音楽の力で上手く打鍵をコントロールしてやろうという主旨のものです。万人に効果があるかはわかりませんが、私個人が実践して、ある程度の効果を感じているものです。お時間が許すようでしたらご覧いただけると嬉しいです。

■はじめに

『執筆ハック Advent Calendar 2021』は、うまく進まない原稿との向き合い方についてのエントリを集めようという主旨のものだと理解しました。原稿が進まない理由としては「取りかかる気力が出ない」「集中が切れる」「そもそも次の一手でなにを書けばよいか思いつかない」などが考えられるのだと思います。それぞれ、上で比喩的に書いた「凍り付いた指」「砂漠を吹き抜ける熱風」「思考の茨道」に相当します。それらの困難を音楽でなんとか乗り切ろうというコンセプトが、本エントリの大まかな流れです。青島は締め切りを破らないことには定評があるので、上に書いたような私がたまに困らされる理由以外で困っているのであれば、あまり参考にならないかもしれません。ご了承ください。

■この曲を流したら集中するというマイルール

「パブロフの犬」の一言でいいような気もしますが、少し書きます。原稿というものは集団スポーツなどとは違い、自分で「今からやろう」と決めることのできるものです。言い換えれば、その開始決定権は自分にあり、それを行使しなければだれも原稿を強制してくれない。最終的にその決定権をぶん取る形で現れる他者は「締め切り」となり、クオリティや早割りなどを天秤にかけながら絶望的な気分で原稿を進めることになってしまいます。ならば、その開始決定権をあらかじめ「締め切り」以外の他者に委譲してしまおう、というのが「この曲を流したら集中するというマイルール」です。

習慣づけであるので、残念ながら今まさに手につかなくて困っている方に即座に適用できるものではありません。目覚ましのアラームに設定している音楽が、だんだんと「流れると起きなきゃいけない曲」になってきて、全く関係のない場面で耳にしても身体がびくっとしてしまうのに似ている。なにか一曲(個人的にはあまり派手でないものがよいのではないかと思いますが)好きな曲を選び、「今後、私はこの曲を流したら原稿に集中する」と決める。初めの数回は意識的にきちんと原稿をするようにしていると、だんだんとその原稿開始の決定権が楽曲の方に移り、「集中するぞと決めて音楽を流す」から「音楽に強制されて原稿を始める」にシフトされていく。そのようにして、条件反射的に集中できるような初速を手に入れておくのは、悪くないやり方なのではないかと思います。

青島はsasakure.UKの『君が居なくなった日』(https://www.youtube.com/watch?v=PX_yIqyTkIw)をそれにしています。ピアノソロで穏やかな楽曲なのでとても気に入っています。

■聞き慣れた曲で耳を塞ぐ

集中しようと思っているときに外部からの刺激があると、非常に質の悪いことにそちらに意識を持っていかれてしまいます。試験前になると、途端に散らかった部屋が気になるようなものです。それを避けるために私たちは静かなカフェに行ったり、衝立ついたてを用意してブースを作ったり、文豪になると全ての外部刺激を断つために温泉宿にカンヅメになったりします。最後のは集中できる気がしない。私なら風呂に入りまくる。

しかし、耳にイヤフォンを差し込んで聞き慣れた音楽を流すことで「刺激となることなく他の刺激を遮断する」ことができます。ノイズキャンセリングイヤフォンであっても、カクテルパーティー効果やら、そもそも人間の声くらいの波長は通すようにできているやらで、どうしても人間の声は聞こえてしまいます。ならば、聞き慣れた音楽でそれら全てをかき消せばよい。耳に馴染んで、もはや自分の一部となっているような音楽であれば、新たな刺激としてではなく、人間を包み込むような世界との緩衝材として機能してくれるはずです。

裏を返せば、新たな刺激となるような音は推奨されないように思います。私の場合、ドラマCD・好きなバンドの新譜・ライブ映像で合計3敗しています。それぞれ「美しい関係の在り方に聞き入って涙を流す」「待ち詫びた音の重なりに身を委ねたくなる」「踊る」によって全ての原稿が破壊されました。シャットアウトには低刺激のものを。

■このアルバムを聞き終わるまではとりあえずパソコンを叩こう

当然、プレイリストでもよいが、私はアルバムでやることが多い。言ってしまえばポモドーロテクニックである。決められた一定時間集中し、時間が来たら小休止を挟むという生産性上昇を目指した時間管理術があるのだけど、それを少しアレンジしたものと理解していただければと思います。私がこれをアルバムでやるようにしているのは、アルバムはその全体の曲順などによって一つの作品として仕上げられていることが多く、ポモドーロの中にも理由をもって三~五分程度に区切られたセクションが生まれることになるからです。それが良いリズムを作ってくれるのではないかと思い、「このアルバムが一周するまでパソコンを叩くぞ」とやっている。同一アーティストならば音楽に統一感もあり、前項の刺激にもならないように思います。

上に書いたことは全く科学的な根拠があってやっていることではない。だけど、集中に関しては思い込みによる効果の振れ幅が大きいものであるように思うので、「これなら集中できる!」と思い込めるのであれば、極論、自分の中で理屈が通せるのでそれでよいのだ。無敵のプレイリストを組んで一周回してもよいし、アナログレコードがホワイトノイズを流すまでというお洒落なやり方に行ってもよい。とにかく原稿をやっている間のTwitterさえやめられればそれでよいのだ。Twitterをやめろ。今すぐにだ。

■書きたい文章の雰囲気に合ったものを用意する

結局、これに尽きる。次に書くべき一文字がわかっているのに原稿が進まないという状況はあまり考えられない。ならば、なぜ原稿が進まないのか。それは、次に書くべき一文字がわからないからだ。当然のことを当然らしく書いてしまいましたが、それは「先の景色が見えていない」という風に比喩表現で言い換えることもできるのだと思います。そこに原稿全体や当該のシーンに合う音楽を流しながら書くことによって、「景色」とまではいかずとも「雰囲気」くらいは幻視することができます。

むしろ「いま書きたい原稿というのは、音楽でいえばどれに相当するのだろうか」と考える過程で、書き記す対象について自己理解が進むということもあります。イメソンを選んでいるうちに泣いてしまうオタクならばわかるはず。書こうとしている文章を一度異なるメディアへと翻訳する過程で、その書こうとしているものがどのようなエッセンスを有しているのかが理解される。その意味において、「今から書く原稿に向けて雰囲気作りのプレイリストを組むぞ」は理解の補助として役に立つのではないかと思います。

もう一つこれに関連して青島が実践しているのは、原稿用の曲と校正用の曲とを分けることです。当然といえば当然であるが、読み手に読まれる時のBGMを指定することは(よほどのことがない限り)できない。そのため「こんな原稿が書きたい」を降霊するための原稿用の曲と、「本当に求めた雰囲気になっているか」を検証するときには、異なる視点を導入した方がなにかと利点が多い。音楽によってモードを切り替え、一人の人間であっても別の人間のように多くの視点から一つの原稿を見ることができるというのは、もはやその字義通りの"ライフハック"である。

■おわりに

ここまで、音楽を用いて原稿を始め、原稿を持続させ、原稿を切り開く方法をいくつか考えてきました。すでに散々いろいろな方がされているであろうことをそれっぽくまとめただけの記事ではありますが、折角なのでなにかの役に立っていれば嬉しいです。

音楽は、言語ではない形で心になんらかの作用を与えることのできるメディアです。そんな非言語メディアとしての音楽は、言語行為である原稿と向き合うにあたって、様々な手助けをしてくれる可能性をもっています。この記事を読んだことで、終わらない原稿と向き合う時に、ファイターを鼓舞するための歌の存在を思い出していただければ僥倖です。まぁそもそも終わらない原稿を書いているという状況そのものが、四面から楚歌が聞こえるようなものではあるのだけど。

以上、本記事はここで書いた全てのアイデアを実行しながら執筆されたものでした。みなさまも良い原稿と音楽ライフを。

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