南風と太陽 2021年7月17日の日記

そういえば昨日の日記で「過去の文献を見てその文字がどのように発音されていたかを知るのって難しいんじゃないかな。どうやってるんだろ」というようなことを書いて思い出したのだけど、現代ではあらゆる言語がどのように発音されているかを記録するために国際音声記号(IPA)というものが国際音声学会によって規定されている。簡単にいえば英語の発音記号を拡張したようなもので、全言語に対応できる表音文字と説明して差し支えないと思う。

言語を記録するためには慣習的にイソップ童話の『北風と太陽』をその言語で語ってもらうことが行われているらしい。例えば日本語であれば『北風と太陽』の日本語訳を読み上げて、その「北風と太陽が、どちらが強いかでいいあらそって……」というような音をIPAを用いて表記したものと、喋った実際の音声データを一緒に記録することが一つの言語についての報告の仕上げになるのだとか。『北風と太陽』は「北風と太陽がそれぞれの力を誇示するためにどちらが旅人の外套を剥ぎ取れるか勝負をする」という筋で(改めてこうまとめるとえらく恣意的な勝負だな)北から吹き付けてくる寒い風が旅人の外套を強風で剥ぎ取ろうとするも、反対に寒がった旅人は外套の前を固くしめてしまうという展開があるのだけど、この「北風は寒い」という前提はイソップ(童話)が生まれたのがギリシア、つまり北半球のある程度の緯度の地域だったことが深く関係している。北風が寒いのは北半球だけで、南半球では南から吹く風の方が寒いわけで、南半球の言語を記録する際に『北風と太陽』を用いると「北風は寒い」という風土的に奇妙な文章が生まれてしまうことになるのだ。それを避けるために南半球では『南風と太陽』が用いられることもあるのだとか。このあたり、言語学が現実に存在するものを扱っているんだなと実感できるエピソードですごく好き。

異常論文書籍版の公募枠に出していた拙作が、ありがたくも掲載作にお選びいただき出版されることになりました。ハヤカワ文庫JA1500番記念作品として10月発売予定とのことです。少し先ですが、良いものが書けましたのでぜひ読んでいただければと思います。

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