見出し画像

アロハシャツを見ると、思い出すこと


「あなたはもっと図々しくしていいよ。…」

数年前、私はアナウンススクールに通っていた。

その日の講義内容はフリートーク。
5人1組、スタートの合図の数秒前に先生の口から発表される即興のお題で話を進め、先生や聞き役の生徒たちから評価を受ける。

フリートークの出来はというと、私はあまり発言できず(フリートークなのに発言ってなんだ?)、進行役の人が質問を投げてくれた時に答えるくらい。

講義が終わり、エレベーターで先生と落ち合い、そのまま駅まで一緒に帰る格好になった。
講義のお礼を伝えると、アロハシャツの先生は言った。
「あなたはもっと図々しくしていいよ。あなたが図々しくしても誰もあなたを図々しいと思わないから。
会社の清掃をしてくれている業者の人や、近所でいつも会う人とかに、挨拶がてら、あなたからプラスアルファでなにか話してごらん。」と。

その日初めて講義を受けた先生からの言葉は、不思議と私の心に入っていく。啓示を受けたといったら大袈裟なのかもしれないが、その日初めて教えてもらった先生の口から、もがいていた私が誰かから欲しかった言葉が発せられたのだから。

当時、自分を出せなくて、平気な顔をしちゃって、そんな自分に葛藤ばかり。誰かありきの選択や行動でがんじがらめになっていた私。目の前の相手への優しさというよりもむしろ、何かあった時に衝突するのを恐れ、嫌われたくないなという思いがあった頃。

それから私は、先生の「図々しくしていい」という言葉を盾にするように、少しずつ”図々しい”行動ができるようになった。”自分”をベースに置いた行動ができるようになり(不器用で勿論都度後悔もあるけれど)、自分が満たされるが故に自分を好きでいられる時間が間違いなく増えた。そして周りの人も、好きでいられるようになった。


カラッとした笑顔で私に伝えてくれた言葉。
アロハシャツを着ている人を見ると、いつだって思い出す。「図々しくしていいよ」の言葉が、私を変えてくれたことを。

どこかでばったり会えたらお礼を言いたくて、私は街でアロハシャツの人を探してしまう。あのアロハシャツの人が先生だったらいいななんて思っちゃうあたり、もう私はちゃんと図々しいね!笑
先生はあの時のようにカラッと笑いながら「あなた図々しいよ」なんて言うのかしら。いつか来るそんな日を楽しみに、私は今日も(図々しく)生きる。