見出し画像

音楽を聴くことが楽しいというだけの感情


毎日音楽を聴くのは当たり前だと思っていたのだが、意外にも私の周りには、日常的に音楽を聴く習慣がない人が多いようだ。それに気付いたのはごく最近のことで、だからこそこの文章を書こうと思った。

私はなぜこんなにも音楽を聴くのだろうか。幼少期から今に至るまでの、私と音楽の話をしたいと思う。


音楽との出会い

人生で初めて音楽を意識したのは4歳の頃だと思う。幼稚園の体操の時間に流れる歌が大好きで、家に帰ってからもずっと歌っていたのをよく覚えている。小学生の頃は歌番組ばかり見ていた。留守番のときや姉たちが帰るまでのあいだには、MTVをつけっぱなしにしていた。幼少期はとにかく歌うことが好きだった。


吹奏楽、音が重なること

中学に上がると姉が吹奏楽部だったこともあり、私も迷いなく吹奏楽部に入部した。口の形が向いていたのか与えられたユーフォニアムを何週間か練習し、ようやく校歌が吹けるようになると、合奏練習をすることになった。初めて部員全員で演奏した日。一曲吹き終えてその奥行きのある音楽に感動した。「音楽というものは”音楽”が鳴っているのではなく、ひとつひとつの音が重なってできているんだ」という根本的な仕組みを知ることとなった。


ギターとロックバンド

13歳~14歳、興味はロックへ移っていった。その頃学校ではBUMP OF CHICKENやRADWIMPSが流行っていたりして、ごく自然にロックを聴き始めたわけだが、特に好きだったのはチャットモンチーのギターの音だ。特にファーストアルバム『耳鳴り』は最初から最後までシンプルを極めている。(これについてはまた別の記事で詳しく書きたい。)脱線しそうになったが、とにかくそのダイレクトに伝わってくる歪んだエレキギターがかっこよかった。一気にロックバンドの虜になった。同時に”音”そのものへの興味もどんどん沸き上がっていった。


解像度が上がる、夢中になる。

18歳まで様々なバンドの曲を聴いた。好きな曲は何回でも、好きじゃなかったらまた新しい曲を。そうしているうちに「今回はドラムだけ聴こう」「ベースだけ聴こう」「何の音かわからないけど、上のほうで鳴ってるこの音だけ追いかけてみよう」と意識し始め、意識すればするほど、聴こえなかった音が聴こえるようになった。画像の解像度が上がるように、楽曲の細部がどんどん鮮明になる。エモーショナルな楽曲に心が惹かれたときには、「この曲が心に沁みるのはなぜだろう」と、まるで美しい絵画をじっと見つめるように、繊細な色味の違いを確かめるように、聴き入っていた。


音を観察する

20歳になって、ジャズに出会った。これがまた衝撃の出会いだった。それまでジャズの知識は全く無く、初めてまともに聴いたのはアルバイトで入ったレストランでのジャズライブだった。仕事をしながら聴いているうちに、曲の大部分をアドリブで弾いていることに気が付いた。更にミュージシャン同士、アドリブの音に同じ音を返したり、リズムを合わせたり発展させたりしている。自由に会話をしているような音楽。なんだか漫才や落語のようにも聴こえる。おもしろい。どんな音楽記号にも表せないような、瞬間的な音の表現が魅力的で、どんどんのめり込んでいった。今の雰囲気、今のノリでどんな強さの音が出ているのか、どんなスピードの音が出ているのか。そういったことを考えながら音楽を聴くと、なんと心地のいいことだろうか。ゴキゲンなスウィングも美しいバラードも、純度の高い天然水のように体に染み渡り、活力になる。


音楽は素晴らしい

こうして培った自己流の鑑賞術で、今もたくさんの音楽を聴き漁っている。更にリズムやコードなどの音楽理論にまで手を付けることで、私の音楽沼は深まっていく。音楽を聴くほどに、感動も好奇心も増幅する。

私は音楽を聴くことが楽しいというだけの感情によって、生かされているのだ。




この記事が参加している募集

自己紹介

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
スキ!ありがとうございます😊
15
音楽と文章が好きな27歳です。ジャズピアノを勉強しています。音楽のこと、書きたい言葉、ただの日記など、ぽちぽち発信していきたいと思います。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。