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破壊的な多動児を幸せにしよう

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ADHD息子のことを振り返ります。 この国自体に発達障害の知識がなかった頃からの独り言。 Twitterもやってます→http://twitter.com/monkey_no もっと読む
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記事一覧

発達障害あるある@具体的に伝えよう案件

息子も高校生 近年は多動もすっかり治まったなと安心しているところ。 けど、ところどころハッとさせられることもある、いわゆる特性というもの 言葉のやり取りに不自由は感じない。 けど、捉え方の不思議というものがあると思う。 以前にツイートでも紹介して反響を頂いたある出来事により、改めて母として学びが足りていないと実感することになった。 ある晩のこと ダイニングテーブルにほったらかしのお金があった。 それは息子が散乱させているもの。 『お金片づけて~』と何度か声掛

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発達障害児は本当に天才なの?

発達障害児は天才?本しめじ の栽培実験 我が家には2人の発達障害児がいる。 8歳の妹と少し離れた兄はもう17歳 最近目撃した2人のとんちんかんな行動を記録に残そうと思う。 2人でコソコソと何かを企んでいる背中を発見したのは我が家の庭でのこと 兄「きのこ菌が木にくっついてまた生えてくると思う」 (。・ω´・。)ドヤッ 妹「えっ!そうなん?明日とか生えてる?」 (っ ॑꒳ ॑c)ワクワク 何やら兄妹でオリーブの木に何かを擦り付けているではないか・・・ な、なんと、そ

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発達障害児の海外留学 失敗しない為の心構え

発達障害児の留学という進路 ADHD多動児である息子は中学3年生から海外留学をしている。 残念なことに読み書きすら苦しい彼には学業面でのハンディキャップがあり、日本にいたところで進路問題で頭を悩ますであろう未来は既に見えていた。 英語に興味を持ったのは彼にとって唯一の救いだったのかもしれない。 海外で学びたいんだという希望を本人が強く持ってくれたことにより留学という道筋が出来たのだから。 行き先は東南アジア。 まずマレーシアで一年を過ごし、その後はフィリピン セブ

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療育は海外でも深刻?SNS問題から感じたこと

実は高校留学中の息子氏が心を病んで帰国することになった といってもすぐ回復💦 問題にするほどの事でもないポジティブ精神の持ち主なんだけど、 そんな彼が一瞬でも心を病んでしまった問題があった。 一週間だけの臨時ホリディを勝手に作って帰ってくることになった理由、 カテゴリ的には学校での友人トラブル 突き詰めてみると驚きのSNS問題。 工エエェェ(´д`)ェェエエ工 日本でも社会問題のヤツ?とビックリしてしまった・・・ 相手は女の子(日本人ではない) その子が息子の悪

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ADHD衝動性?その夢は叶わないと教える勇気

破壊的な多動児だった長男の話題。 幼い頃はじっとすることが難しく、体を使っての多動表現に親は苦労してきた。 ところが成長してからの多動はなんと予想外、思想の方へと移行されていくことになる。 中学の頃、テニスに夢中になりすぎて自分が多動であることも忘れてしまったように落ち着きを見せてくれた息子。 テニスが好きで好きで…と、テニスのことで頭がいっぱいになる程度ならばその辺の中学生でもザラにいるだろう。 しかし息子は不思議な方面へと発想を広げる。 『テニスのプロ選手にな

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ADHD車の運転

息子は破壊的な多動児だった。 故に不注意、多動性、衝動性に関しては逃れることは出来ない課題。 幼いころは、ただただ道を歩かせるだけでも、目を離せない程の危なっかしい多動児。 生きているのが奇跡と言っても決して過言ではない。 それほど目まぐるしい動きをする生き者。 そんな多動児は、自転車に乗らしても危なっかしい。 どんだけ『確認!』と声掛けされても左右確認なんて出来るはずもなく。 とにかく威勢よく自転車を乗り回す。 とにかく自分勝手な運転さばきを披露してくれる。

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発達障害児の子育て一難去ってまた一難、課題はまだまだ続くよ

うちの息子は破壊的な多動児だった。 激しい多動の勢いは周囲を巻き込み大荒れの幼少期。 親としては、とにかく周囲への迷惑を最低限に抑える努力と、 本人がケガをしないように、命を落とさない様にと大忙し。 高いところから落ちるかもしれない程の好奇心、 車にひかれてしまうかもしれない獣のような行動力。 普通とは程遠い子育て期間を祈る様に乗り越えた。 だけど そんな風に私が体を張った時期も、後から振り返るとほんの数年。 目に余るほどの多動は、彼の人生のほんの一部の期間で

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発達障害児を育てている同士でも理解は難しい

発達障害児を受け入れてもらう為に支援級へ うちの息子は破壊的な多動児だった。 それ故、幼いころは幼稚園や小学校での保護者の目に厳しさが垣間見え。 どうして暮らしてゆけば、みんなは許してくれる? なんて考えだしたら、やはり支援学級でお世話になるのが必要なんだという答えに辿り着くのだ。 支援級に在籍していれば、周囲の保護者達も納得してくれる。 とりあえずはね。 ああ、支援が必要な子なのね。 だったら仕方ないか。 なんてノリで許して?くれる。 許してもらえるだと

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発達障害児を授かったのは試練ではなく神の粋な計らいだった

子育ての疲れで汚れきった心 発達障害の子供を抱えていると、 日々の常識の枠を越えた子育てに疲れ果ててしまう。 故に、ついつい被害者的な意識を持ってしまいがちな自分を知る。 心身ともに健康なお子さんを見ていると すごく羨ましい 妬ましい なんだか良くない感情に覆われることがある。 隣の芝は青いとは良く言ったもの。 健常のお子さんを持つママ友を見て、 なんて楽な子育て! そんな風に私の汚れきった心は叫んでしまう。 だけど偽善的な私は、まるでそんな素振りは見せな

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コンサータならば必要な時に服用すればいい

うちの息子は破壊的な多動児だった。 その衝動を抑えるために必要不可欠だった薬。 良く聞くのはコンサータ、ストラテラ 毎日の服用が必要なストラテラではなく、 うちは単発の服用でも効果のあるコンサータを利用した。 学校のある時にだけ呑もうかな、というスタンス。 ストラテラのほうが副作用が軽減できるとかで選ぶ方もいるみたい。 でも毎日確実に続けられる自信のある人しか無理だとか…💦 一旦は6年生になった頃に薬を必要としなくなった息子だけど。 その後、中学では部活動に

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多動症がおさまり始めた多動児

6年生で衝動をコントロール出来るようになった息子は、 普通に登校して 普通に教室で1日学び 普通に友達との交流を深め 普通のコミュニケーションというものを学んでいく。 衝動が抑えられなくて荒れていた頃は、クラスメイトとのトラブルも多かった。 暴言を吐いたり吐かれたり。 暴力を振るったり、振るわれたり。 思うように生きることができない毎日はイライラもマックスだったし 学校も楽しくないし 自分を叱ってくる大人たちは、みんな敵。 そんな日常から一転し 自分自身

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ADHD多動症なんだから暴れたいなら暴れさせろ

多動児の特徴 うちの息子は破壊的な多動児だった。 四六時中、動き回っている人。 そして興奮のスイッチが入れば暴れる人。 ゲームを与えられている時間だけは止まっていられる人。 ざっと説明すれば、そんな人。 高校生になった今ともなれば、さすがに暴れないけれど。 代わりに歌ってるかな。 歌うことで何かを静めている感じ。 我が家では興奮のスイッチをイライラって呼んでいた。 そのイライラは成長と共にコントロール出来るようになるもの。 まだまだ完成形ではないみたいだ

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多動児の薬 問題 コンサータとか

多動を抑える薬の服用 うちの息子は破壊的な多動児だった。 何が問題点かというと、やはり落ち着きがないということ。 しかしそれだけではなく、興奮のスイッチが入ると自分でも行動に歯止めがきかなくなる。 暴れているという表現が一番適切だろうという状態になること。 たとえば自宅でこのような状態になっても特に困りはしない。 困るのは外出先、そして幼稚園や学校。 そのような場所で多動の困った症状が出ると大変だったのだ。 周囲への迷惑を考えると、やはり多動を抑える薬を服用しよ

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発達障害児が留学へのチャンスをもぎ取っていく瞬間

英語にのめり込んだ発達障害児 留学したいというワードを息子の口から聞くようになったのは、 彼が中学生になった頃。 親からすると、わりと想定の範囲内だったかもしれない。 成績が残念でも特技を活かして生きていくための選択肢なんて、 考えれば結構出てくるもので。 親なりにも何通りかの未来予想図はあり、 その中に海外留学という進路も、もちろんあったかも…という感じ。 海外に行って欲しい!とまでは考えていなかったけれど。 費用もかかるし簡単なことではない… でも恐らく

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