今の時代における価値あるデザインとは?
社会の変革、テクノロジーの進化、そして人々の価値観の多様化。こうした変化の中で、デザインの役割や価値も大きく変わってきているのではないでしょうか。
これまで、デザイン業界では価値あるデザインの特徴として、機能性、美しさ、独創性、一貫性、収益性などが重視されてきました。これらの要素は現在でも重要ですが、今の時代において、新たな視点からデザインの価値を考えてみたいと思います。
「使いやすさ」の再考
これまで「使いやすさ」は、良いデザインの代名詞のように扱われてきました。しかし、本当にそれだけで十分でしょうか。
例えば、ある動画配信サービスは、次のエピソードを自動再生する機能を「使いやすさ」として導入しました。確かに、ユーザーの手間は省けます。しかし、気づけば何時間も画面に釘付けになっている。これは本当に価値あるデザインと言えるでしょうか?
さらに例を挙げますと、スマホ中毒防止アプリ「Digital Wellbeing(デジタルウェルビーイング)」。これらは使用時間を追跡し、設定した制限に達すると休憩を促す通知を表示します。一見「使いにくさ」を加えているようですが、これはユーザーの健康的な利用を促す「意図的な一時停止」です。この小さな「障害」が、ユーザーに自身の行動を振り返る機会を与え、より意識的なアプリ利用につながるのです。
つまり、適度な「使いにくさ」をデザインすることで、ユーザーの意識的な選択や行動を促すことができるのではないでしょうか。時には、ユーザーに「ちょっと待って」と問いかけるデザインこそが、真の価値を生み出すかもしれません。
「問題解決」から「可能性創造」へ
デザインは長らく「問題解決のツール」として捉えられてきました。しかし、未知の可能性を切り開くデザインの力にも目を向ける必要があるのではないでしょうか。
例えば、スマートフォンの登場は、単に通信の問題を解決しただけではありません。それは、私たちの生活様式そのものを変え、新たな文化や産業を生み出しました。
価値あるデザインとは、既存の問題を解決するだけでなく、人々がまだ気づいていない可能性を引き出し、新たな体験や価値観を創造するものかもしれません。
「個別最適」から「全体最適」へ
ユーザー中心設計(人間中心設計)の考え方が浸透し、個々のユーザーニーズに応えることが重視されてきました。しかし、個々の最適化が全体の最適化につながらないケースも多々あります。
例えば、カーナビの最適ルート案内。各ドライバーにとっては便利ですが、特定の道路に車が集中し、かえって全体の渋滞を悪化させることがあります。
これからの価値あるデザインは、個人の体験だけでなく、社会全体やエコシステムへの影響を考慮する必要があるのではないでしょうか。一見矛盾する要素をバランス良く統合し、全体として調和のとれたデザインを目指す。そんな視点が求められているように思います。
「機能の追加」から「本質への回帰」へ
テクノロジーの進化とともに、製品やサービスの機能は増え続けています。しかし、本当にそれらすべてが必要でしょうか。
むしろ今、価値あるデザインに求められているのは、本質的な価値への回帰ではないでしょうか。余分なものを削ぎ落とし、真に必要なものだけを残す。そうすることで、かえって使う人の創造性や可能性を引き出せるかもしれません。
例えば、無印良品の製品。壁掛け式CDプレーヤーは、必要最小限の機能だけを残したデザインで、どんな部屋にも溶け込み、使う人の生活に合わせた使い方ができます。
または、和食の器。白い磁器や木製の器など、シンプルな和食の器は、料理を引き立てるだけでなく、使う人の創造性を刺激します。季節や場面に応じて使い分けることで、多様な表現が可能になります。
これらの例は、余分なものを削ぎ落とすことで、かえって使う人の想像力を刺激し、新たなアイデアを生み出すきっかけになることがあります。「引き算のデザイン」が、新たな価値を生み出す可能性があるではないでしょうか。
「普遍性」と「多様性」の共存
グローバル化が進む一方で、個人の価値観や文化的背景の多様性も重視されるようになっています。この一見相反する要求に、デザインはどう応えるべきでしょうか。
例えば、絵文字。世界共通のコミュニケーションツールでありながら、その解釈は文化によって少しずつ異なります。
この文化間での解釈の微妙な違いこそが、「緩やかな普遍性」を生み出しています。そして、この「緩やかな普遍性」が、かえって多様な解釈や使い方を許容し、豊かなコミュニケーションを生んでいるのです。
もうちょっと深掘りすると、この概念をデザインに応用した例として、Googleのマテリアルデザインが挙げられます。マテリアルデザインは、世界中のアプリやウェブサイトで使用される普遍的なデザイン言語でありながら、各ブランドや文化に合わせてカスタマイズ可能な柔軟性を持っています。
例えば、基本的なボタンやアイコンのデザインは共通していますが、色彩や配置は各企業のブランドアイデンティティに合わせて変更できます。また、右から左に読む言語(アラビア語やヘブライ語など)にも対応し、レイアウトを自動的に反転させる機能を持っています。
これにより、世界中のユーザーが直感的に操作できる普遍的なインターフェースを提供しつつ、各地域やブランドの特性を反映した多様なデザインが可能になっています。これは、普遍性を保ちながら多様性を包含する、現代のデザインアプローチの好例と言えるでしょう。
つまり、価値あるデザインとは、完全な普遍性を目指すのではなく、ある程度の解釈の余地を残すことで、多様性を包含できるものなのかもしれません。
まとめ
価値あるデザインの定義は、社会とともに変化し続けています。使いやすさ、問題解決、個別最適化といった従来の基準は、もはや十分とは言えないかもしれません。
これからのデザインに求められるのは、より広い視野と深い洞察です。個人と社会、機能と本質、普遍性と多様性。こうした一見相反する要素のバランスを取りながら、新たな可能性を切り開いていく。そんなデザインこそが、真の価値を生み出すのではないでしょうか。
真に価値あるデザインを生み出し、よりよい未来の創造に貢献できるために、常に社会の変化に敏感であり、かつ自らの役割を問い直し続ける必要があるかもしれません。
「何が価値なのか」「どんな意味を再定義できるのか」「少し先に価値になりうるものは何か」を探し出すことを日々の営みとしてやっていきたいと思います。