「それでも、そこにいたあなたが偉い」

この先も覚えておきたい言葉というのが溜まっていく。
多分、そう思っていたのにもう記憶のかなたに行ってしまったものもあるんだろうけど。

ことあるごとに取り出してその出逢いを懐かしみ、なんならその言葉によしよしと自分を励ましてもらうこともある。そんな言葉のうちの1つのはなし。


新卒で大型小売店の新入販売員になった私は勤務が始まった3月、第1希望のコーナーに仮配属されてうきうきしつつ、売り場で揉まれていた。
実習生腕章をつけていても山ほど来るお問い合わせ。お客様と先輩社員や責任者の間を何度も往復しながら仕事を覚えていく。

「販売員」であるからには売る力が大事。商品の特徴を勉強して、操作を覚えて、それをお客様に説明できるようにして、オプションのご案内もして。とにかくやってみるけど、なかなか手ごたえのない日々だった。


ある日、すいませーんと呼ばれた先に、どんなお問い合わせがくるかとドキドキしつつ向かったら「これ2つ欲しいんですけど」と言われた。

これちょ(「これちょうだい」の略)だ…!

しかも言われた商品は、めったに出ない高級品。
2つ…?え、マジで…?と心臓バクバクで思いつつ在庫確認へ。
倉庫で責任者から「え、なにそれ。出る(=売れる)の?!」と聞かれて「はい…2つ…」と答えた私は、緊張でふるふるしていた。

そんな状態なので、オプションの説明は噛んだ。噛んだのに「じゃ、全部つけてください」というお客様に私の緊張も最高潮。お会計を済ませ商品は最敬礼(90度のお辞儀)でお渡しした。


そのコーナーには面倒見の良い先輩がいて、私を含め3人の仮配属新入社員をひたすら構ってくれていた。その日も「調子どうよ?」と聞いてくれるので「〇〇(商品名)2つ出ました!オプション全部付きで!」と報告したら「マジかよすごいじゃん!!」と一緒に喜んでくれる。でも。

ーでも、ご案内じゃなくて「これください」って言われただけなんで、私何もしてないんです…。

我ながら素直だった。
入社前研修で訓練されすぎて、警察の人が入社式を視察に来るレベルだといわれた超体育会系の会社の新入社員だったので、ご案内で購入してもらってなんぼだと思っていた。これちょは実績ではない。

「いやそれでも、そこにいたお前が偉い。」

先輩は即断言してくれた。
そっか、そこにいた私偉いんだ!と思った私はやっぱり素直だった。
そして私に謙遜をさせず、これちょを私の実績と言ってくれた先輩は優しかった。



この話を書こうと思ったのは、noteのお題の中にあった【やさしさにふれて】を見て真っ先に思い出したから。そして「すごいね!」や「ありがとう」と言った時に「いや自分なんて何もしてなくて…」と答える人が私の周りに少なくないから。そういう人に先輩の言葉をおすそ分けできれば。


世の中には、もっと素直に受け取められていい褒め言葉とありがとうがたくさんあると思う。

それでも、そこにいたあなたが偉い。

あの時、あの場にいた私は偉かった。

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