見出し画像

銀座マキシム・ド・パリ、最後の日

忘れられない1日があります。

2015年6月30日、銀座ソニービルの地下一階にあったフレンチレストラン「マキシム・ド・パリ」が長きにわたるその歴史に終止符を打ちました。

画像1

1966年、当時のソニー社長・故盛田昭夫氏が「大人の社交場を創る」という名目で開いたのが、銀座マキシム・ド・パリでした。

画像2

東京メトロ銀座駅、ソニービルの地下に続く深紅の空間。あの最後の日、どうしてもその記憶を刻みつけたいと、午後の仕事をキャンセルして駆け付けたのです。

画像3

私が到着したとき、入り口に並んでいたのは10名ほどだったでしょうか。

アフタヌーンティーはまだ頼めますか?と伺うと、前の方のオーダー状況によっては難しい…というより、もしかすると並んでいるすべての方にテーブルを用意できないかもしれません、と申し訳なさそうな顔。

すると、では、私たちは同じテーブルで頂きましょうか?とあちこちから声が上がるではありませんか。マキシムに想いがあって訪れた人々。閉店を惜しむ気持ちは同じ。一人でも多く最期のひと時を過ごせるように、と自然と声が上がったのです。

画像4

メインダイニングは、奥に見えるシャンデリアがきらめく階段を更にもうひとつ降りたところにありますが、お茶を頂くのは今井俊満画伯によるロートレックの模写が飾られたこのラウンジ。深紅に彩られた美しい空間です。

画像5

普段なら写真を撮るなどとても!と気後れしてしまう贅沢な空間ですが、もう二度と見られないとあり、私含めスタッフの方に一言添えて写真を撮る方も多かったです。もちろん、快く了承して頂きました。

画像6

画像7

画像8

細部に至るまでマキシム・ド・パリの美が散りばめられた、ロゴが刻まれたトレイに砂糖容れ。時を刻んだ佇まいが琥珀色の灯りに照らされます。

画像9

そして間に合いました。ずっと憧れていたマキシムのアフタヌーンティー。三段のトレイには赤いリボンが描かれたオリジナルプレート。一人だと少しばかり寂しいお皿になるな、と思っていましたが、先の通り嬉しい同席の申し出で華やかになりました。

画像10

ローストビーフのサンドイッチや、キッシュなどのフィンガーフード。

画像11

小ぶりなスコーンはひとつ。可愛らしい小びんに入ったジャムと一緒に添えられているのはもちろんクロテッドクリームです。

画像12

最上段にはもちろんあの有名なミルフィーユとプチデザート。

同席した方とそれぞれの思い出話などを話しながら、一つ一つ丁寧に作られたお茶菓子を頂いていると、隣のテーブルにも同じく三段のトレイが運ばれてきました。そして男性のスタッフから一言。

「こちらが、マキシム・ド・パリ、最後のアフタヌーンティーでございます。」

しん、とその場が静まり返りました。思わず涙ぐんだ方もいらしたかと記憶しています。もう二度と、この時間と空間は戻らない。あの時の気持ちは一生忘れることができないでしょう。

画像13

ダイニングに続く階段を照らすシャンデリアの光。本家のマキシムでもとうに消えた孔雀の手すり飾りはディナーに訪れるたくさんの人を優雅に迎えていたことでしょう。

画像14

パリの石畳を模したという地下の車寄せ。あの地下にこんな空間があったことをご存知の方がどれほどいらしたでしょうか。今、写真を見返してもなんと美しかったことか。

多くのお店が現れては消える東京。老舗の名店と言えども時代の波には逆らえず、様々な事情で静かに消えていくことがあります。ニュースになれば、閉店を惜しむ人でいずこも行列。

しかし、話題になったからと駆け付けるのは野次馬根性。

そんな時こそ、日ごろから通う方に席を譲るべき、と考えていた私でしたが、どうしてもマキシムだけは行きたかった。

それは20代の頃、初めて自分で予約電話をかけて訪れた本格的なレストランだったから。

黄金と深紅で構成された美しいメインダイニング。壁には美しい縁取りのある大きな鏡。大人の空間に初めて足を踏み入れた時の心拍数といったら!

ピアノとバイオリンの生演奏。皿が運ばれるたびに、まるで物語を聞くように紹介されるのも初めての体験。おいしい料理と終始やわらかな笑顔のサービスに、こちらの緊張はゆっくりとほどけていきました。

そしてデザート。見本のトレイが運ばれてきました。お好きなものを、と言われ、カシスのムースともうひとつのケーキで迷っていた母。「では、2つともお持ちしましょう」と言うではありませんか。

あら、嬉しい、と素直に喜ぶ母でしたが、私はと言えば、こんなちゃんとしたレストランでお代わりじゃあるまいし!と唖然とするやら恥ずかしくなるやらでしたが、サービスの方は「どちらもおいしいので是非お楽しみください」とにっこり。

ああ、きちんとしたレストランは、お客さんに恥をかかせることなく、心地よくもてなしてくれる場所なんだ、と温かい気持ちになったのが、おそらくレストランに親しみを覚えた瞬間だったように思います。

美しいメインダイニング、おいしい食事と心躍るような時間。こうしたお店での振る舞いを教えてくれたレストラン。それが銀座マキシム・ド・パリでした。

閉店のニュースを知ったのはその前日。今から休みを取るのは難しいかも…と諦めモードだった私に「気になるなら思い切って行って来たら」と勧めてくれたのは夫。

ダメ元で上司に休みを切り出すと、その日は丁度仕事もひと段落し、早退の許可が出たのはまさに幸運。思いきって行って良かった。寂しい気持ちを抱えつつも、あの日、あの場で、同じレストランを愛する方々と、最期の時間を心行くまで味わえたことに感謝した1日。

あれから4年経った今も、6月30日が来るとあの深紅のレストランを思い出すのです。

※こちらの記事は、2020年4月23日に加筆・編集をしたものです。

#コラム #エッセイ #想い出のレストラン  #わたしの食のレガーレ

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
note.user.nickname || note.user.urlname

いつもありがとうございます。サポートの際、リクエストがあれば素敵なチョコレート🍫をご紹介しています。(好みや用途をメッセージに添えて下さいね)

プレミアムかもめの玉子をどぞー。
119
東京生まれ岩手在住。チョコレート愛好家。チョコ沼に人を誘う河童です。チョコと岩手のカフェ巡りの話が中心。note読むのが好きなnoteソムリエ。お気に入りのnote紹介もしてます(旧HN:うさこ)

こちらでもピックアップされています

おいしいものレビュー
おいしいものレビュー
  • 77本

チョコ以外のあまいもの、おいしいものに関するレビューをまとめました。

コメント (9)
れおくんさん>素晴らしい大人の空間でした😊
もう4年なのですね、、「マキシム・ド・パリ」私も大好きなレストランでした😊
銀座シックスの「ザ・グラン銀座」で、あのミルフィーユ(直伝レシピ♪)が食べられるとのことで、ソッコーで食べに行きました!
それにしても、美しいお写真の色合いにうっとり。。。この空間がないなんて、本当に残念です。
みずのさちこさん>早いですよね。ミルフィーユ復活は嬉しいニュースでした。
ご覧の通り写真を撮るには相当暗いのですが、暗い中にぽう、と灯される景色の美しさはため息が出るようでした。
同席の声を上げられたお客さま、6月30日のレストランのスタッフ、周りのお客さま、卯かおるさんのお母さま、旦那さま、会社の上司、デザートを2つ提供されたスタッフ、そして卯かおるさん、書かれている全ての方の気持ちを想像してしまいました。1人1人の心遣いが素晴らしい空間を生み出されたと感じました。写真からも店内の格式高さが感じられ、卯かおるさんの文章からもマキシム・ド・パリの素晴らしさが伝わりました。特に「こちらが、マキシム・ド・パリ、最後のアフタヌーンティーでございます。」の一言から店内が静まる様子は、情景がはっきりと浮かび、皆さまが愛された空間であったことが伝わりました。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。