【ホラー小説】 忌み地 結花子61 【心霊】
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【ホラー小説】 忌み地 結花子61 【心霊】

あおさとる


 納屋から灯油の入ったポリタンクを持ち出して、中身を人形たちにぶちまけた。手にマッチを持って、マッチ箱の側薬にマッチの頭をこすりつけて火を付けた。

 灯油をかけられた人形の表情が、気のせいか険しくなるのがわかった。

 急に空気がざわついてくる。まだ夕方には早い時間帯なのに、ふっと日がかげったように暗くなった。なぜか鮮明さが抜け落ちてモノクロに見える景観に、結花子は目を見張った。足がぬかるみを踏んでいるような、不安定な地面に立っている感覚に襲われて下を見た。

 靴が水を踏んでいる。気がつけば辺り一面に葦が生え、地面はぬかるみ、所々水に沈んでいる。目の前にあるはずの人形の山はなく、結花子は無音の湿原にたたずんでいた。

「な、に……?」

 状況がつかめず、自分の正気を疑った。けれど靴に染みてくる冷たい水の感覚は夢とは思えない。空を見上げると天弓てんきゅうは雲に覆われてどんよりとしている。重たそうな雲から今にも水が滴ってきそうだ。

 葦の向こう側から、静寂を破るように水音が聞こえた。誰かが歩いてくる。軽い足取りではなく、重たいものを背負っているような、ぬかるみを踏みしめる音だ。結花子はただ息を潜めることしか出来なかった。

 自分を囲むように生える葦の隙間から、男が全裸の女をかついでいる姿を見つけた。

 男は色白の腹が膨れた女を無造作にぬかるみに下ろした。女の手足がぐんにゃりと力なくぬかるみに伸びる。死んで間もないのだろう。

 あの男は死体をこの湿地に捨てに来たのだ。なぜそんなことがわかるか、結花子にも見当が付かないが、この情景を何度も見た覚えがある。

 男はおもむろに、女の死体の両ももを開いて下半身を押し込み、腰を動かし始めたのを見て目をそらそうとしたが、首が動かない。この光景がなんなのか、結花子はようやく気付いた。谷地の家に越してきてから何度も嫌というほど見せつけられた悪夢だ。きっと犯されている女の魂はまだ体の中にあるのだろう。見開かれた瞳に映すのは、自分を犯している男の顔だった。

 男が腰から鉈を取り出した。まだ柔らかな女の腹に鉈を当てて、二つに裂く。体温が残る胎内から血まみれの赤ん坊を取り出した。死んだ赤ん坊はぐったりとして、男の腕の中にある。男に腹の中をかき回された女の首が、かくんと結花子のほうに向いた。その目が助けを求めているように見えた。その目には我が子を奪われたという、深々しんしんとした憎しみが込められている。白濁した瞳が結花子に復讐をしろと迫ってくる。

 この男は以前から疫病で死んだ孕み女を犯しては、その腹から赤ん坊を奪ってきたのだろう。あまりにも手際がいい、初めてやったとは思えない。男はその赤ん坊をどうするのだろうか。赤ん坊の死体を持ち帰り、何をするのだろうか。追っていきたいが、両足はぬかるみに足を絡め取られたように動かない。

 井野家が代々子供を失ってきたことと関わりがあるのだろうか。しかし、この男は仏間で赤ん坊の指を鉈で切り刻んでいた男とは別人だ。

 まとまりのない思考が結花子の脳内を駆け巡る。

 湿地を埋め立てたのは誰だったか。初代当主は湿原を埋め立てたときに何をしたのか。死体放置の土地をなぜ自分のものにしたのか。そして、井戸を作ったのは誰なのか。四十体の赤ん坊の骨を井戸に捨てたのは誰だろう。代々、当主の第一子がなぜ死ぬのか。初代当主の養子はどこからもらわれてきたのだ。

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あおさとる
物書き。 主にホラー。 https://aosatoru.booth.pm 同人誌はこちら。