【ホラー小説】 忌み地 結花子65 【心霊】
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【ホラー小説】 忌み地 結花子65 【心霊】

あおさとる


 秋の日差しが眩しい中、引っ越し業者に頭を垂れて、結花子は礼を言って見送った。

「ありがとうございます」
 市内にあるワンルームのマンションへの引っ越しを手伝ってくれた壱央にも、結花子は頭を下げた。

 新築の賃貸マンションは、何もかもが新品で新築の匂いがする。あのかび臭さとおさらばできて嬉しい気持ちを隠せない。あの病院での一件以来、女の霊は出なくなった。それも嬉しさに拍車をかけている。ウキウキした足取りで、設置してもらった冷蔵庫からペットボトルを取り出した。先に出しておいたマグカップにペットボトルのお茶を注ぐ。それを見ている壱央もくつろぐように足を崩す。

「ビールとかじゃなくてごめんなさい」
「いえ、お気遣いありがとうございます。昼間から酒は飲まないことにしてるんです」

 そう、と臨月を迎えた結花子は幸せそうにおなかをさする。家具がないので、壱央も結花子もフローリングの床に直に座っている。ベージュ色の床はひんやりとして固い。

 夫は二日ほど生きたが、酷い熱傷で結局死んでしまった。その後すぐに家が売れ、しかも上物を壊して新しい家を建てるという。ようやく結花子は谷地の家から解放されたのだ。谷地の家を出て以来、毎日繰り返していた怪異や悪夢に悩まされることはなくなった。おなかの子も順調で、予定日に生まれるのを楽しみにしている。

「名前、井野のままで良かったんですか?」
「財産分与の手続きが面倒くさくて。名前だけ変えなかったんです」
 と、結花子は苦笑いを浮かべた。

 壱央がマグカップを手に取り、茶を飲む。
「そういえば、亜美さんが行方不明って知ってましたか?」
「亜美が?」

 夫が最期に見せた小さなかけらを思い出した。亜美とその子供も、きっと夫が連れていったのだ。

 テレビ、冷蔵庫などの大物は引っ越し業者が設置してくれたので、すぐに使うことが出来た。結花子は何気なくリモコンでテレビを付けた。テレビ画面に殺人事件のニュースが流れる。めった刺しにされて腹を裂かれた女性が被害者らしい。犯人は捕まっておらず、被害者の遺体の一部がまだ見つかってないという。

「怖いですね……」
 ニュースを見た壱央が呟いた。

 結花子はそのニュースを見てぼんやりと考える。もしも、夫が生きていれば、新たな人形の中にあれを入れられただろうか。

 しかし、その呪詛はもうなくなった。井戸も人形も谷地の家も全てなくなった。本家の血筋ももはやいない。籍を抜いたのだから関係ないはずだ。だから一つ目の呪詛が顕現することはない。

「終わったのよね?」
 結花子の問いに、壱央は複雑な顔をする。
「さぁ……」
 壱央は懐疑的に言葉を濁した。

「関わりを持たなければ、呪詛の影響はないと思いますけど、絶対とは言いがたいです」

 谷地に足を踏み入れなければ、再び呪詛に取り憑かれることはないだろう、と締めくくった。壱央も自信がないのだ。弾け飛んだ数珠がその証拠だ。この後、しばらくしたら壱央は宮古島の実家に戻り、祖母について修行を続けるらしい。それまではなんでも相談に乗ると言ってくれた。それだけでもありがたい。

 ベランダの外から、か細い猫の鳴き声が聞こえてくる。ここは、ペット可のマンションなので、おそらく隣室の住人が猫を飼っているのだろう。

「私も猫飼おうかなぁ……」
 結花子はおなかをさすりながら呟いた。

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あおさとる
物書き。 主にホラー。 https://aosatoru.booth.pm 同人誌はこちら。