見出し画像

先生、お陰様で私は今でも文章を書き続けています。

文章を書くのは幼いころから好きだったのだが、決して得意ではなかった。
 
小学生の頃、作文を書くと「ここの表現がよく分からない」、「ここの説明をもっと詳しくして」と先生にツッコまれることがしばしばだった。
次第に作文への苦手意識が芽生えた。
 
毎日提出する宿題の日記は「どうして先生に自分の心情を事細かに報告せにゃならんのだ」と思っていたので、「今日は○○をしました。△△ちゃんとしました。楽しかったです。またやりたいです。」とテンプレートのようなものを提出していた。
これでは文章を書いても楽しくない。

ただ、自分の書きたいように書くのが好きで、母の使わなくなった携帯電話にポチポチと自分の気持ちを打ち込んでいた記憶がある。
 
中学生になっても、苦手意識はぬぐえなかった。
でも、国語の先生との出会いで私は文章をもっと書きたい、上手くなりたい、と思うようになる。ちなみにこの国語の先生は、いちご同盟の悪友である。https://note.com/anzna/n/ne08ecc2624fe/edit

思春期の人との出会いって人生に大きな影響を及ぼすなあ。振り返りながら痛感している。
この国語の先生は、何かと文章を書いて人前で発表する機会があると、私に声をかけてくれた。断るのが苦手だったし、目立ちたがりなところもあったので、私はほいほいと引き受けていった。
「じゃあ、とりあえず作文用紙2枚分書いてきて。」
と言われ、週末に部活の合間を縫って書いたのだが、2枚も書けない。頑張っても1枚半どまりだった。休み明けに先生に提出したら、作文用紙は添削で真っ赤になって返ってきた。あんなに頑張って書いたのに原型をとどめていないじゃないかと、ショックを受けた。先生の添削に沿って直して、また真っ赤になって返ってきて…を繰り返し、作文が出来上がると、発表の練習をした。今思えば、忙しかっただろうに付き合ってくださった先生には感謝である。
 
発表が終わると、達成感でいっぱいだった。作文を書くのは大変だったし、(発表の際には知らない先輩たちに茶化されて)怖かったのだがほんの少し自信になった。
 
その後も何かと目をかけてもらって、文章を書く機会があるとその先生に直してもらった。
そのうちに国語のテストの作文で「よく書けている」とほめてもらえてすごくすごくうれしくて、あの時のキラキラした気持ちは今も覚えている。
 
その後、いろんな出会いがあって、私は今でも文章を書き続けている。ただ、この先生との文章の思い出が原体験となって今でも書いているのかなあ、とふと思う。もしかしてこの文章を先生が読んでいたら…なんて。そのときは添削のほど、宜しくお願いしますね。
 

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
note.user.nickname || note.user.urlname

おいしいホットケーキを食べますね🥞

わーい!!!!
15
愉快な20代の最近と思い出 / 本と映画とコーヒーが好きです

こちらでもピックアップされています

あの日の思い出
あの日の思い出
  • 4本

いつの間にか朧げになっていく記憶たちです。

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。