高校の先生のご意見

 来年度の大学入試については「入試改革を考える会」としての要望を発表しました。これに賛同してくださった駒形一路先生(静岡県立浜松北高校)から貴重なご意見を賜りましたので紹介いたします。2部に分かれています。

令和3年度 新制度入試は行えるのか(その1 一般選抜)

全国の高校の約半数で新年度の授業が始まらない。この状況で令和3年度大学入学者選抜は行えるのか。
新型インフルエンザへの対応が求められた平成22年度大学入学者選抜は、実施が3ヶ月後に迫った10月になって5月に示されていた「大学入試センター試験実施要項」を改正し、追試験の実施時期と会場について、本試験の2週間後に実施すること(通常は1週間後)、全都道府県に設置すること(通常は東京・大阪の2会場)とした。
が、今回はそれとは比べものにならない異常事態だ。しかも、新制度入試元年である。
 4月14日に開かれた「大学入試のあり方に関する検討会議」でも、複数の委員から来年度入試受験者への配慮を求める発言があったと聞くが、文科省の対応は鈍い。
冒頭の懸念を多少なりとも解消するために、高校現場からの私案を発信したい。

まずは、一般選抜、特に大学入学共通テスト(以下共通テスト)について。
本稿を執筆している4月半ばの時点で、4月26日まで休校する静岡県内各校は、長期休業を短縮するなどして授業時数の確保をめざしている。この判断は県の内外を問わず、地域によって大きく異なることはなかろう。しかしながら学校再開がさらに遅れると、一部の教科・科目では履修内容の欠落が現実味を帯びてくる。教科書が終わらない。特に、第3学年に置く地歴、理科の4単位科目は深刻だ。
 選抜に用いる大規模一斉試験の必須条件でもある公平性に鑑み、過年度生との履修状況の差や、都道府県・設置者の違いによる休校期間の差を踏まえ、履修時期の遅い分野(例えば日本史ならば現代史)については、選択問題を設けて、その一部とする等の配慮は必要であろう。しかるべき機関には、共通テスト受験予定者を抱える各校に対し、最大限履修が可能な範囲の調査を早急に行うよう求めたい。
 作問・印刷が従来の日程で進むことは考えにくく、綱渡りになることは覚悟しなければなるまい。

続いて、各大学の個別試験について。
一次試験・共通テストと、二次試験・個別試験の配点比には、各大学それぞれのアドミッションポリシーに応じた独自性があることは重々承知しているが、今回に限っては、可能な限り共通テストの配点比率を小さくすることを求めたい。
これは前項に記した公平性の確保からも有効な施策であるはずだ。

共通テスト当日にも、これまでにない最大限の配慮が必要だ。いわゆる「3密(密閉・密集・密接)」のうち、ペーパーテストであるゆえに「密接(=至近距離における会話)」は該当しないにせよ、先のふたつの条件は可能な限り排除しなければなるまい。
「密集」については、現状以上に受験者間の距離をとることで解消が可能となろう。1試験場あたりの受験者数を減らす必要があり、試験場そのものを増やすことにもなろうか。結果的に試験官の増員が求められようが、今回に限っては緊急避難的に大学院生の動員も視野に入れなければなるまい。導入予定だった国語・数学の記述式問題の採点に大学生アルバイトを駆り出そうとしていた愚挙に比べれば、社会的な合意は得られるはずだ。
「密閉」については、各科目間の休憩時間をさらに長くし、その時間を用いて徹底的な換気を行うことで解消を図る。現状の2日間の日程でさえ過密であると指摘されたならば、思い切って3日間での実施も考えたい。現状以上に宿泊を要する受験者には、申請に応じ補助を出す必要もあるか。財源として全受験者の受験料の値上げを考えてもよい。

一部に収束感の漂う中国では、例年6月実施の同様の一斉試験(通称「高考」)を今年は1ヶ月延期、7月に行うこととした。感染拡大が叫ばれて半年弱の判断だ。
刻々と変化する情勢のなかでの判断が難しいことは承知するが、全く見通しが示されないことによって、受験者の不安はさらに煽られている。現時点での、しかるべき立場からの状況説明が、早すぎることはない。


令和3年度 新制度入試は行えるのか(その2 主体性評価)

先の「その1」を記し終えた直後、新型コロナウィルス感染拡大に伴う「緊急事態宣言」の適用範囲が全都道府県に広げられた。収束の見込みはますます不透明だ。
新制度大学入試の柱は、大学入試センター試験に代えて実施する大学入学共通テストへの英語民間試験の導入、国語・数学の記述式問題導入に加え、多面的総合的評価を全面的導入することの3点。先のふたつは、実施の13ヶ月前、2019年末になって見送られた。残るひとつは「主体性評価」とも称され、出願にあたって提出する調査書の様式を改める等の施策も練られてきたが、2020年2月になって萩生田文科大臣から見直す旨の発言があった。これを受けて3月半ばにはこの点に特化した「大学入学者選抜における多面的な評価の在り方に関する協力者会議」と称する有識者会議が設置され既に複数回が持たれ、今後の動きが注目されるところである。
萩生田文科相の「見直し」発言は、高校現場の負担増や、受験者家庭の経済状況や地域間による格差の顕在化を懸念した声を反映してのことだ。それら自体、あらかじめ指摘されていたことであり充分に説得力もあるが、今回の全国一斉の休校措置をはじめとする一連の流れも、主体性評価導入を押しとどめる大きな理由のひとつになる。
令和2年度高校3年生は、当の本人たちには全く落ち度がないにも関わらず、通常なら調査書に記されていたはずの多くの要素が失われてしまった。新3年生になる春期休業を利用して参加を予定していた短期海外留学や、大学主催の各種セミナー、イベントはことごとく中止された。スポーツ系では甲子園のセンバツばかりが耳目を集めたが、他の競技でも全国大会はほぼ中止。それのみならず音楽、自然科学といった文化系の各種コンクールやコンテストも同様である。
 これらは、総合型選抜(新年度入試からAO入試から名称変更)や学校推薦型選抜(同じく推薦入試から名称変更)を利用する受験者のみが対象と考えられよう。しかし、新制度入試では一般選抜(同じく一般入試から名称変更)でも積極的に利用するよう強く要請され、国公私立設置者の別を問わず、多くの大学が募集要項にその旨を盛り込むよう苦心していた。苦肉の策か、極端なところでは生徒会役員や各種委員会・部活動の役職、果ては学級役員まで評価の対象とする動きも見られたが、それはあくまで通常の学校生活が滞りなく送られていてこそ行われる活動である。
春期休業を挟むとはいえ、学年をまたいで2ヵ月に及ぼうとする今回の流れのなかで、学校生活の日常は失われた。当面のところ、静岡県内では令和2年度1学期中の学校祭や、修学旅行等宿泊を伴う各種行事は中止、または延期という判断が下されている。多くの他の都道府県でも同様ではないか。これらに関連する委員会の類も実質的な活動は行われないに等しい。
 主体性評価の導入にあたっては、調査書記載内容の質量の増加に伴う負担の大きさが指摘されたが、この事態にあっては記載の可否そのものが問われる。また、緊急事態宣言のなかにあっても休校措置が採られず、比較的例年と変わらない学校生活が送れる地域の高校との差も、新たな懸念材料となろう。
減少傾向にあるとはいえ、国公立大学では依然として最大の定員が割かれる一般選抜の材料として主体性評価を用いることは、少なくとも新年度は中止せねばなるまい。先の有識者会議でも、今後も起こりうるこのような事態も視野に入れる必要はあろう。

萩生田文科相は4月17日の記者会見で、それぞれ9月から始まる総合型選抜、11月からの学校推薦型選抜の募集時期を遅らせる必要がある旨発言しているが、ことはそれだけに収まるはずがない。多くの高校で取られている休校措置が新年度の授業開始を遅らせている事実は、「教科書は終わらせられるのか」という不安を現場にもたらし、既に一般選抜への思いにも影響を及ぼしているのだ。
ここは大きな決断が必要である。例えば、令和3年度の大学学校暦の開始時期を遅らせることも含め、大学入学者選抜そのもののスケジュールを少なくとも1ヵ月先延ばしする等の策を講じる必要はないか。具体的には、大学入学共通テストの実施時期も1ヵ月遅らせることになるが、現在の状況を見るにつけ、決して荒唐無稽とはいえないはずだ。
判断が難しいことはわかる。が、いずれにせよ、令和3年度大学入学者選抜に関して、現時点でなんらの説明がないことが最大の懸念だ。

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