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プラスチック袋についた骨の粉

遺跡からは、骨だけでなく、骨を加工した人工遺物も出土します。過去に遺跡に暮らした人びとが、動物とどのようにつきあい、動物にどのようなシンボリックな意味合いを投射していたかが明らかにできるため、そうした人工遺物がどのような動物の骨から作られたのかを明らかにするのは重要です。
しかし、ヒトが加工することによって、多くの場合、形から動物種を特定できる特徴は失われます。人工遺物から破片を採取してDNAやタンパク質を調べれば動物種が特定できますが、ヒトによる加工がたくさん入れば入るほど、その遺物の考古学的価値や歴史的価値は高くなり、破片を採取するような破壊分析がしづらくなります*1。
今回紹介するのは、そうした人工遺物を破壊することなく、遺物が入っていた袋に付着した骨の粉を分析することで、どのような動物に由来するかを明らかにできることを示した研究です*2。


イロコイ族の尖頭器

北米大陸の先住民であるイロコイ族の遺跡が、カナダやアメリカ合衆国からいくつもみつかっています。カナダのモントリオールから南西に約75 km離れた場所にあるセントローレンスの14−16世紀のイロコイ族の遺跡群からは、動物の骨で製作した尖頭器*3が多く出土しています (図1)。
これまで考古学者たちは、こうした尖頭器はオジロジカの骨から作られていると考えてきました。しかし加工の程度が大きいため、どのような動物の骨から作られているのか確実に同定するのは難しいのが現状でした。

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図1. 研究で対象とされた尖頭器と、復元された原材料の動物 (論文*2より引用 - CC BY

プラスチック袋に付着した粉から同定

今回紹介する研究では、そうした骨製の尖頭器に非破壊の分析を適用して、材料になった動物の同定がなされています*2。遺跡から出土した骨は通常、ジップロックのようなプラスチック製のビニール袋*4に入れて保管されます。保管の最中、骨とプラスチックが擦れて微細な粉が袋に付着することがあり、今回紹介する研究では、そうした粉が分析されました。
15個の尖頭器について、保管されていたプラスチック製の袋にそれぞれ付着した骨の粉が分析されました。ペプチドフィンガープリンティングという手法によって、粉に含まれるコラーゲンタンパク質を分析したところ、オジロジカの骨の他に、いくつかの尖頭器はヒトやクマの骨で作られていたことがわかりました。
いくつかの尖頭器については、破壊分析によってDNAやタンパク質が調べられ、プラスチック製の袋に付着した骨の粉を分析した結果と同じ結果が得られました。どこまで細かく動物の分類群を推定できるかに関しては、破壊分析のほうが解像度が高いという結果でしたが、破壊分析の対象とするためのサンプルを選択するスクリーニングの段階で、今回の非破壊の分析は役に立つと議論されています。


終わりに

ヒトが、ヒトの骨で作った尖頭器を使って動物を狩猟するというのも、現代に暮らす私たちからするとおかしなように感じられますが、当時のイロコイ族の人びとは、そうした行動にシンボリックな意味を込めていたのではないかと考えられます。ごく微量のサンプルにも理化学的な分析を適用できるようになることで、過去の人びとの暮らしや世界観が、より詳細に復元できるようになるのです。

(執筆者: ぬかづき)


*1 破壊分析というのは、遺物そのものを壊したり、一部を採取したりしなければできない分析のことです。遺物本体には傷をつけないでできるのが非破壊分析です。たとえば、あるパンがあんパンかどうかを確かめようとしたとき、味見をしたり中身を割って見るのが破壊分析で、CTスキャンをしたり袋の表示を確かめたりして確認することであんパン本体はそのままに保っておくのが非破壊分析ということになります。

*2 McGrath K, Rowsell K, Gates St-Pierre C, Tedder A, Foody G, Roberts C, Speller C, Collins M. 2019. Identifying archaeological bone via non-destructive ZooMS and the materiality of symbolic expression: examples from Iroquoian bone points. Sci Rep 9:11027.

*3 槍の先についているような尖った形を想像していただければだいたい合っています。

*4 「チャック付きポリ袋」などと呼ばれます。「ジップロック」のもっとシンプルなものを想像していただければだいたい合っています。

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