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先行者の正体は?

1997年、スペインのGran Dolina遺跡より新種の人類がみつかったという報告がありました*1。ホモ・アンテセッサー (Homo antecessor) と名付けられたこの人類の骨は、77.2万ー94.9万年前の層から出土し、古い時代と新しい時代の人類に見られる両方の特徴を備えていました。

ホモ・アンテセッサーは、ヨーロッパでみつかっているもっとも古いホモ属 (私たちヒトと同じ分類群) の人類のひとつですが、Gran Dolina遺跡からしかみつかっておらず、また発見された骨部位も額や上顎の一部に限られるなど、さらなる研究が進めづらい状況にありました。そのため、古い時期にアフリカなどに生息していたホモ・エレクトスや、後の時代のヨーロッパやユーラシアに生息していたネアンデルタール人やデニソワ人との系統関係も、きちんとは調べられていませんでした。系統関係を調べるには古代DNAの分析が効果的ですが (参考: バック・トゥ・ザ・DNA)、約80万年前という古い時代の骨では、DNAは分解されてしまい、その配列を読めるケースはごく稀です。


タンパク質を読む

今回紹介する研究では、DNAのかわりにタンパク質に記録された遺伝情報を解読して、ホモ・アンテセッサーの系統関係を推定する試みがなされました*2。生物の遺伝情報はDNAに記録されていますが、DNAの情報をもとに作られるタンパク質も、そうした遺伝情報を部分的に受け継いでいます。タンパク質を構成するアミノ酸の配列を読み、異なる種間で比較すれば、それらの系統関係や分岐した年代が推定できます (参考: アジアの巨人の分子系統)。

ホモ・アンテセッサーの歯エナメル質を質量分析し、含まれるタンパク質のアミノ酸配列を読んで、ヒト科のなかで比較したところ、ホモ・アンテセッサーは、ヒト、ネアンデルタール人、デニソワ人からなるグループともっとも近いが異なる系統グループに属することがわかりました。解読できたアミノ酸配列が少なく、分岐した年代がわかるほど高精度な比較はできませんでした。

また、この研究では、170万年前のグルジアでみつかったホモ・エレクトスの歯も分析されていますが、こちらからは系統関係を明らかにできるほど多くのタンパク質やアミノ酸配列が検出できず、ホモ・エレクトスとホモ・アンテセッサーの関係は明らかにできませんでした。


終わりに

古代DNAの分析により、私たち人類の過去の進化史について多くのことがわかってきました。しかし古代DNA分析が可能な年代の上限は、どんなに条件が良くても40万−80万年くらいまでで、それ以上昔の人類については遺伝情報をもとに系統関係を調べることが難しくなります。古代タンパク質は、その解決策として最近注目を集めています (参考: チベットのデニソワ人)。

しかしその一方で、今回紹介した研究は、この方法にも限界があることを示しています。今後はおそらく、よりタンパク質の残存状況が良い骨を分析したり、分析の感度を高めることによって、貴重な過去の標本からより多くの情報を引き出す方法が発達していくことと考えられます。

(執筆者: ぬかづき)


*1 Bermúdez de Castro JM, Arsuaga JL, Carbonell E, Rosas A, Martínez I, Mosquera M. 1997. A hominid from the lower Pleistocene of Atapuerca, Spain: possible ancestor to Neandertals and modern humans. Science 276:1392–1395.

*2 Welker F, Ramos-Madrigal J, Gutenbrunner P, Mackie M, Tiwary S, Jersie-Christensen RR, Chiva C, Dickinson MR, Kuhlwilm M, de Manuel M, Gelabert P, Martinón-Torres M, Margvelashvili A, Arsuaga JL, Carbonell E, Marques-Bonet T, Penkman K, Sabidó E, Cox J, Olsen J V, Lordkipanidze D, Racimo F, Lalueza-Fox C, de Castro JMB, Willerslev E, Cappellini E. 2020. The dental proteome of Homo antecessor. Nature 580:235–238.

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