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シリーズ「新型コロナ」その24:株式会社「日本」は「勝ち組」か?

■「統制」と「支援」の違い

このシリーズ21で、「出口戦略」をめぐる大阪府知事とコロナ担当大臣とのやりとりを紹介した。
いっこうに具体的な「出口戦略」が見えない政府に業を煮やした府知事が「大阪モデル」を示したのに対し、西村コロナ対策担当大臣が「国の領分を荒らすな」的な発言をした一件である。
このやりとりの続きはツイッター上で行われたようだ。
https://news.1242.com/article/223293

吉村洋文大阪府知事のtwitter より
「西村大臣、仰るとおり、休業要請の解除は知事権限です。休業要請の解除基準を国に示して欲しいという思いも意図もありません。ただ、緊急事態宣言(基本的対処方針含む)が全ての土台なので、延長するなら出口戦略も示して頂きたかったという思いです。今後は発信を気をつけます。ご迷惑おかけしました。」
西村やすとし大臣からの返答
「記事は正確ではない。休業の要請・解除は知事の裁量。解除する基準は当然ご自身の説明責任。また都道府県の裁量・権限の拡大を主張しながら、自身の休業要請の解除の基準を国が示してくれというのは矛盾。仕組みを勘違いしているのではないか。
緊急事態の解除の基準は国の責任。近く明確に示す方針。」

府知事の勇み足を大臣が諫めたようなかたちで「一件落着」に思えるが、大方の論調は府知事に軍配を挙げているようだ。

さて、20年以上前のことになるが、当時私は企業のコンサルティングや人材開発の仕事に携わっていた。
仮にこの国が、「株式会社日本」という巨大企業だったとすると、大臣が経営陣のひとり、知事がある部門のトップということになるだろう。つまり上司と部下の関係とも言える。
そう考えると、私はこの手の上司と部下のやりとりをイヤというほど見せられてきた。
一例を示そう。

ある大手不動産会社の営業マンが、営業中に会社の車を電柱にぶつけてボディを少しへこませた。そのことを上司に報告して謝罪すると、日頃から「一件でも多く客先を廻れ」と会社からきつく言われ、営業マンたちが多少無理な運転をしていることを知っていた上司は、「自分が適当に処理しておくから、気にするな」と営業マンを安心させた。
ところが数日後、その上司はさらに上の管理職に呼び出されたと言って、その営業マンを伴って管理職のもとを訪れた。管理職が「最近、会社の車をぶつけた人間がいるらしいが、自分のところには何の報告も来ていない。どうなっているのか」と言うと、上司は営業マンを指さして「ぶつけたのはこいつです。こいつが悪いんです」と言った。

上司と部下の関係において、この手の「企業文化」を持っている企業は、一見うまくいっているように見えるので、誰も問題意識を持たない。問題意識を持つのは、同業他社に完全に後れをとったときだろう。
「株式会社日本」の場合は、世論がそうした「外圧」であるべきだ。マスコミはうまくその機能を果たしているだろうか。

ところで、もうひとつ別の例を示そう。

ある会社で、ある社員がその日のうちに終わらせなければならない仕事を抱えて、残業では追いつかず、徹夜になるかもしれない、という状態でいた。それを見かねて、その社員の直接の上司ではない、ある女性管理職が、自分に責任がないのにもかかわらず、その社員に付き合って会社に居残っていた。仕事を手伝うわけではないが、飲み物を持ってきてくれたり、励ましてくれたりしている。
そのうちその社員は、根を詰めすぎて体調を崩し、気分が悪くなった。するとその女性管理職は、社員をソファに寝かせ、かいがいしく介抱した。「なぜそんなに私の世話を焼いてくださるのですか?」と社員が訊ねると、女性管理職が言った。
「気にしないで。これが私の仕事よ」

先の不動産会社の上司と、この女性管理職と、どちらが物事をややこしくし、どちらが容易にするかは、一目瞭然だろう。台湾の蔡英文総統やドイツのメルケル首相やニュージーランドのアーダーン首相のような国のトップは、どちらかというとこの女性管理職に近いのではないだろうか。
株式会社日本は、新型コロナウィルス対策において上記のような同業他社に完全に後れをとっているわけだが、そういう強い問題意識を持って改善に取り組んでいるだろうか。
ある人が言った。
「マネジメントとは、可能なことを不可能にしないこと。リーダーシップとは、不可能に思えることを可能にすること。」

西村大臣は、優れたマネージャーとも、優れたリーダーとも評価し難い。
蛇足ながら、大臣の名誉のために一言添えておくと、心理学者のエドワード・L・デシによれば、上の地位にある人間が圧力を感じていればいるほど、他者の自律性を支援することが困難になるという。

「他者を支配することは、上の地位にいることで感じるストレスに対する一種の反射的な反応であり、望ましくない効果を生じがちである」
「人を伸ばす力」(新曜社)より

大臣が誰から圧力を受けているかは、興味のあるところだ。

■「株式会社日本」は「勝ち組」の条件を満たしているか?

今はどうかわからないが、私がコンサルティングをやっていた当時、「勝ち組」企業と「負け組」企業などという言い方が盛んになされていた。そこで私は「勝ち組」と呼ばれる企業に共通する経営体質を分析してみた。すると、「勝ち組」となるためには、次のような条件を満たしている必要があることがわかった。これを、「株式会社日本」の新型コロナウィルス対策に当てはめてみよう。

●トップの経営理念(ビジョンやミッション)が末端の社員にまで浸透し、日々実践されている。
※これは、政府の「8割減」という全国的目標がどこまで達成できているかで評価できるだろう。今一歩目標に届かなかったからこそ、今回緊急事態宣言が延長されたのだった。

●経営陣は、目先の利益を追う(対処療法的経営)のでなく、長期的な展望に立ち、その上で短期的な戦略を立てている(そのことを社員もきちんと理解している)。
※本来、国が緊急事態宣言を出すには、「いつまでに、何がどうなったら解除」という数値目標が、的確な科学的根拠とともに示されるべきだが、それを導き出すには、実はもっと長期(おそらく数年先)の展望が必要だ。国民にはそれがまったく理解されていない。

●経営トップは、一部の守秘事項を除くあらゆる意思決定のプロセスをディスクローズ(開示)し、末端の社員の提言でも黙殺されずにトップに届く道が開かれている。
※国の新型コロナウィルス対策の意思決定プロセスは、専門家会議の議事録も含め、まったくディスクローズされていない。今回、府知事の提言は、大臣によって国と地方の権限領域が確認されただけで、内容検討はいっさいなされずに終わった。

●まず顧客が第一にあり、それを支えるのが社員で、社員を支えるのが管理職で、管理職を支えるのが経営陣である、という逆ピラミッド型の体制がとられている(必ずしも組織体制がそうでなくても、企業文化として定着しているだけでもよい)。
※府知事(管理職)からの提言は、大阪府民(顧客)からのニーズの反映であるという意識が大臣(経営陣)にあるのかどうかは不明。少なくとも、目下のところ、顧客(国民)は、国(企業)から手厚いサービス(税金という支払いに見合った見返り)を受けているという手応えはまったく感じていない。

●全社あげての「エンパワーメント」(権限移譲)が実現されている(社員全員が何らかの形で、会社のあらゆる意思決定のプロセスに関与している)。
※国はガイドラインだけ示し、具体的な対策は知事に権限移譲するのが特措法の基本理念だったはずだが、だからといって国は地方に対し、「あとは権限の範囲内で勝手にやれ」ということではない。ましてや、「国の権限範囲に口を出すな」ということでもない。国は地方の対策を支援する責任を担っていることを忘れてはならない。それは国民に対する責任に直結している。

●社員全員が開発であり、営業であり、総務であり、そして経営者であるという意識が根付いている。
※世の大半の人はどうかわからないが、少なくとも私は、「株式会社日本」の経営者の一人であるという意識を持ち続けたいと思っている。このシリーズを、誰に読まれるわけでもなく、誰から報酬をもらうわけでもなく、書き続けている理由はそこにある。

●「適材適所」が実現され、あらゆる部門で(たとえ営業でも)スタンドプレイではなくチームプレイが徹底されている(社内のパートナーシップ)。
※株式会社日本の「適材適所」を評価することは容易ではない。少なくとも「パソコンに触ったこともないIT担当大臣」というのは、評価対象外だ。
国民一人一人にとっては、自分が適職に就いているかどうかは、国と自分とのパートナーシップを考えるうえでの重要なバロメーターだろう。

●社員は会社に対して、一種のパートナーシップやオーナーシップを持ち、会社のあらゆるリソース(人・お金・物資・ナレッジなど)を有効利用している
※国民(社員)は、国(会社)に対して、少なくとも「自分」というリソースを有効利用する責任があるだろう。

●職位や部門に関係なく、あらゆる社員が人的ネットワークでつながり、互いに支援し合い、励まし合い、賞賛し合う関係が成り立っている。
※このシリーズ101417あたりで、医療現場を支援するための相互扶助組織づくり、およびシリーズ20では、自営業者、個人事業主、フリーランスなどを支援するための相互扶助組織づくりをご提案したが、まだどこからも何の反応もない。

●あらゆる会議やミーティングが、活発で率直な意見交換の場であり、個人攻撃や批判や非難は退けられ、たとえ個人が問題だったとしても、人格ではなく行動やその結果が問題とされる(個人の問題も集団の問題として話し合いが成される)。
※これは、一朝一夕には改善できない問題で、おそらく改善の原点は教育現場にある。しかし、企業の現場に限らず、こうした人間関係のあり方が、あらゆる社会活動のなかに浸透すれば、いじめやハラスメントといった問題も解決できると、私は思っている。
もちろん、株式会社日本の経営現場では、まったく手つかずの問題として放置されている。

●人件費総額の2~4%が社員の教育・訓練に費やされ、すべての従業員に教育・訓練の機会が与えられ、訓練のフォローアップもしっかり成されている。
※今回の新型コロナウィルス対策で言えば、最初の緊急事態宣言を出すと同時に、地方自治体への臨時交付金が速やかに支給されて然るべきだが、二度目の宣言を経て、さらに期間延長を経てもなお、バタバタと手間取っているようだ。
「新型コロナ対策の自治体交付金 配分額の算定に誤り 内閣府」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200508/k10012422001000.html

●報酬や褒賞は公正な業績評価のもとに決定され、温情措置や特権的措置は退けられている。ただし、経営陣は業績評価を「アメとムチ」あるいは「餌づけ」として、つまり社員の自律性を抑圧し統制する目的で用いていない。
※株式会社日本は、国民(社員ないし顧客)をどのように評定しているだろうか。前回も取り上げたが、「余計なことを言うと、パニックを起こしかねないから、最低限の説明にとどめておこう」という対象と見ている。そう思われても仕方がない態度を、国は国民に対して続けている。それは原発事故のときも同じだった。
一方、成功している同業他社(新型コロナをうまく抑え込んでいる国)は、社員や顧客を、徹底的に説明する相手として見ている。

●変化に対する適応力があり、組織内の変化のスピードが外部のそれを凌いでいる。
※今回の新型コロナウィルスの場合、特に状況の変化が激しい。この変化に柔軟に対応できる、あるいはウイルスに先手を打って対応できる国だけが勝ち抜けるのだろう。

●あらゆる従業員の人間性、創造性が尊重され、「働く意義」が日々作り出されている。
※社員の「働く意義」(国民の存在意義)を毎日作り出すということは、少なくとも「国民ひとりあたり一律10万円給付」という以上の何かだ。
国が国民に対して出し続けているメッセージは、「あなたは国にとっての宝です」ということか、それとも「あなたは国にとってのお荷物です」ということか?

さて、ここでは株式会社日本が「勝ち組」企業かどうか、その評定はあえて下さないでおく。いずれにしても正念場は続いている。
とにかく今、株式会社日本がとるべき方策は、成功している同業他社のやり方を徹底的に分析し、その方法を換骨奪胎することだろう。

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