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【特許から見る】トヨタ、電磁鋼板を中国鉄鋼メーカーから調達-中国は日本にキャッチアップしたのか?

今朝の日本経済新聞1面に、トヨタ自動車が中国最大手鉄鋼メーカーの宝武鉄鋼集団の電磁鋼板を一部で採用する、との衝撃的なニュースが掲載されました。


知的財産分野で電磁鋼板といえば、新日本製鉄(現在の日本製鉄)と韓国ポスコの技術流出事件が有名で、高い技術力が必要とされるため日本企業が競争優位とされてきたテクノロジー分野です。

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経済産業省の「鉄鋼業の現状と課題(高炉を中心に)」にあるように、平成27年時点でポスコから宝山鋼鉄へ再技術流出があったために価格が下落、技術管理・営業秘密保護の重要性が謳われていました。

このポスコから再技術流出した宝山鋼鉄は2016年に武漢鋼鉄集団と合併して、今回ニュースで取り上げられた宝武鋼鉄集団となっています。

技術流出があったとはいえ、既に中国鉄鋼メーカーは日本鉄鋼メーカーにキャッチアップしたのか?本稿では特許の面から検証してみたいと思いまう。


1.論文数・被引用数シェアから見る中国の台頭

特許から中国鉄鋼メーカーの脅威度合いについて見る前に、中国全体の技術水準が向上している(むしろ日本を追い抜いている)点について論文動向から確認したいと思います。

一般的に特定の国や特定企業の研究開発に関するアクティビティを図る指標としては特許出願件数や論文発行数が用いられます。

もちろん、数多くの特許出願・論文発行をしているということは、それだけヒト・モノ・カネというリソースをかけていることにもなるのですが、量だけは技術水準について図ることはできません。

そこで使われる指標が被引用です。

引用とはある論文や特許が先行して発行された論文を特許を参考情報・関連情報として引くことです。一方、被引用とはある論文や特許が後に発行される論文を特許に参考情報・関連情報として引かれる(引かれると受身形なので引用)ことを意味します。引用・被引用とも科学分野における動向を把握する科学計量学の重要な指標の1つです。

こちらの表は科学技術・学術政策研究所(通称NISTEP)が発行している「科学技術指標2019」をベースに、文部科学省が加工したものです(出所:科学技術要覧 令和元年版)。

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上が論文数のランキング・シェアで、下が被引用のランキング・シェアとなっています(鉄鋼分野だけではなく全技術分野を対象としたものです)。

なお、量と質の議論については別の記事(日経のIPランドスケープ記事について考えてみたー特許の量と質の議論ー)でも述べているので、こちらも合わせて参照いただければ幸いです。

ご覧いただいて分かる通り、1995-1997年の期間では日本は論文数シェアで全世界2位、被引用数シェアで4位にランクインしていました。しかし20年経過した2015-2017年には日本は論文数シェアで4位、被引用数シェアで9位に大きく後退しています。

代わって台頭してきたのが中国です。

よく「中国は数ばかりで質が伴っていない」というコメントを見ることがありますが、被引用数シェアという指標から見るとそれは過去のことであると言えるでしょう。

2.電磁鋼板に関するグローバル出願トレンド

全技術分野の論文数シェア・被引用数シェアから中国の研究開発レベルがこの20年でドラマティックに向上していることを確認しましたので、続いて電磁鋼板に関する特許のグローバル出願トレンドについて見ていきましょう。

まずは主要な国・地域別のグローバル出願状況です。

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こちらは日本企業(たとえば日本製鉄)が日本に出願すれば日本で1とカウントされますし、米国や中国などの海外へ出願すると、それも1とカウントされます。どの国への特許出願が多いかということを示しています。

2000年以降、電磁鋼板関連特許出願では日本がトップを独走していましたが、2010年以降、中国や韓国での特許出願件数が増加しています。

特許を出願するということは、その国・地域で特許権を確保して、製造や販売することを念頭に置いていますので、2010年以降日本以外の国・地域でも電磁鋼板に関する注目が高まって特許出願件数が増加したものと思われます。

続いて、各国・地域国籍の出願人(企業や研究機関)の自国・地域への出願状況を見てみます。

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これは各国・地域の企業がどれだけ電磁鋼板に関する特許出願を行っているかを示しています。先ほどのグラフは日本企業が中国や韓国へ特許出願した件数も含まれていましたが、こちらは純粋に中国企業が中国へ、韓国企業が韓国へどれだけ特許出願しているかを表しています。

先ほどのグラフと見比べると、2010年に日本以外の特許出願が急増していましたが、これは主に日本企業が中国や韓国などの海外出願を強化していたためであることが分かります。

しかし、韓国・中国・欧州企業の特許出願は2010年代に徐々に増加しており、とりわけ中国は2015年以降から増加傾向にあることが分かります。

中国鉄鋼メーカーが本格的に電磁鋼板に関する研究開発・特許出願を行っていると言えます。

3.電磁鋼板に関する日本・中国メーカーの被引用トレンド

それでは論文と同様に、特許の被引用から日本と中国を比較してみます。

まずは単純に各年の被引用数の推移を示します。

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最初に覚えておいていただきたいのは、直近の出願は被引用されにくいということです。日本企業も中国企業も2018年のプロットは縦軸付近にありますが、仮に2018年1月に出願された特許は2019年6~7月に公開されますので、分析している現時点(2020年7月)までに被引用される期間は1年しかありません。一方、昔の出願は被引用される期間が長いので、それだけ被引用される機会が増えます。

以前、在籍していたビジネススクール時の研究(R&D組織におけるコミュニケーション活性化と研究開発レベルの関係について)では、特許出願から最初の被引用が発生するまで3-5年程度かかることが分かっています(ただし燃料電池分野に限定)。

直近の出願は被引用されにくいという前提があるとはいえ、日本企業の電磁鋼板関連出願の被引用数は2010年代に入り減少傾向にある一方、中国企業の電磁鋼板関連出願の被引用数は2012年以降、日本企業に肉薄していることが分かります。

出願規模も加味してみると、以下のようなグラフになります。

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こちらのグラフは、

縦軸:各最先優先年(≒出願年)における日本企業・中国企業の自国出願
横軸:各最先優先年(≒出願年)における日本企業・中国企業の自国出願の被引用数

で、縦軸を見るとまだ日本企業の出願規模が約1.5~2倍程度あることが分かります。

特許の出願件数という量は多いが、質が低いという単純化した議論は好みませんが、少なくとも被引用数という客観的な指標においては中国企業が確実に日本企業にキャッチアップしてきていると考えられます。


4.まとめと留意点

本日は日本経済新聞に掲載されたトヨタ自動車の中国鉄鋼メーカーからの電磁鋼板一部採用というニュースをきっかけに、電磁鋼板関連出願において中国企業は日本企業にキャッチアップしているのか?について分析しました。

特許の被引用数というデータからは、中国企業は日本企業にキャッチアップしているのか?という問いに対してYesという結果になりました。

新日本製鉄(現・日本製鉄)からポスコ、そして宝山鉄鋼(現・宝武鉄鋼集団)への技術流出が今回の結果にどのような影響を与えているかまでは分析できていませんが、経済産業省の資料にあるように技術管理・営業秘密管理をしっかりと行う重要性については論を待たないでしょう。

なお、本分析結果についての留意点を以下述べておきます。

・今回は特許情報の被引用という1つの指標から見た結果ですので、この被引用だけで中国企業が日本企業にキャッチアップした、と断言することはできません。
・日本企業の特許は日本語ですので、海外企業からは引用されにくい傾向にあります。その点について特に補正は行っていない結果である点、ご留意ください。
・電磁鋼板といっても「方向性電磁鋼板」と「無方向性電磁鋼板」などの種類がありますが、今回は特に種類を分けずに電磁鋼板全般を対象に分析しております。種類別に分析すると上記とは異なる結果となる可能性がありますのでご了承ください。

5.分析条件

データベース:Patbase
分析条件(電磁鋼板):([JP]: TA=(電磁鋼板) OR TAC=((ELECTROMAGNETIC STEEL SHEET%) OR (ELECTRICAL STEEL SHEET%))) OR (SC=(C21D8/12* OR C21D9/46/501/* OR 4K033*) OR SC=(H01F1/16* AND (C21D OR C22C38/*)))
備考:欧州は(EP OR DE OR FR OR GB)で検索している(EP、ドイツ、フランス、イギリス)

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