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(仮)トレンディ電子文 第46回:トレンディ時代のメディア・ミックス①

 小松左京「日本沈没」の映画、ドラマ化に端を発すると言われている(現代の意味での)メディア・ミックス。その後の角川による原作―映画ー主題歌というパッケージ展開が数々の大ヒット作品を生んだのは周知のとおりだが、トレンディ期は金銭的なゆとりからか、この作品も多角展開するのか!という驚きのある事象が幾つもある。その中から特に「音楽」に関わりのある作品を紹介してみようと思う。

アフター・バレンタイン 原作・花井愛子 / 音楽・島田歌穂

1.February MAKE ME A PART OF YOU
BOB.CREWE&JERRY CORBETTA Arr. TIM WESTON
2. 15歳・17歳 OUT OF THE BLUE
BOB.CREWE, JERRY CORBETTA & JEFF MARMELZAT Arr. TIM WESTON
3.こ・わ・が・り MELODY
R.ETOLL & E. HALL Arr. CHRIS BOARDMAN
4.アフターバレンタイン BE MY BABY
GEORGE MERRILL & SHANNON RUBICAN Arr. BILL ELLIOTT
5.列車を見送って MAKE ME BELIEVE IN YOU
PAMELA P. OLAND & RICHARD SCHER Arr. CHRIS BOARDMAN
6.エイプリルフールじゃない YOU MOVE MY HEART
GEORGE MERRILL & SHANNON RUBICAN Arr. TIM WESTON
7.夏まで便り WAIT FOR ME
DON GRUSIN & KATE MARKOWITZ Arr. CHRIS BOARDMAN
8.待たなくても平気 WHAT KIND OF GIRL DO YOU THINK I AM
NOEL MACDONALD, BOB LATHERBARROW & LORI BARTH
Arr. TIM WESTON & CHRIS BOARDMAN
9.君がチョコレート ANOTHER WORLD
BOB.CREWE&JERRY CORBETTA Arr. BILL ELLIOT
10.恋人たちの駅 HEART LIKE A RADIO
ALLEE WILLIS, DON YOWELL & DAVID LASLEY Arr. BILL ELLIOTT

全曲日本詩・安藤芳彦

 小説・CDともに89年3月に発売。トレンディ期に「ライトノベルの女王」として年10冊(!)のペースで作品をドロップしていた花井愛子。その全盛期に勢いでもって音楽作品もプロデュースしてしまいました…というのがこの「アフター・バレンタイン」。何か複雑な仕掛けが連動しているというわけでは全然なく、小説の内容を同時発売の音楽の歌詞が踏襲している、というごくシンプルなメディア・ミックス展開がなされている。小説は講談社X文庫から発売され、その媒体ならでは…と言えば聞こえはいいが要するにまるで「描写」の無い、脳のホルマリン漬け同士が会話しているかのようなハイスクール・ボーイミーツガール小説で、長いあとがきに加え、歌詞の原案となった散文詩がページの1/3以上を占めているという、花井のバイオグラフィの中でもかなりの珍品だ。しかし音楽は当時(アイドル路線を綺麗に忘れ)ミュージカル女優として脚光を浴びていた島田歌穂のファースト・アルバムという重要な作品であり、LA録音と大変に気合が入っている。楽曲はクレジットから分かる通り、全編がプロデューサーのティム・ウエストンを筆頭とした海外作家のペンによるもので、ラグジュアリーなAOR路線。島田の歌唱もキュートからホーリーまでさすがの幅広さで、同時期の飯島真理に近いテイストと言える。とりわけサックスむせび泣く王道バラード②⑨、ちょっと原みどり風な品のいいトレンディミディアム⑦などが聴きどころだろうが、全編デジ過ぎずアゲ過ぎずな感じが聴いていて心地いい。

 で、肝心の歌詞だが、本に記載された原詞("ミッドナイト時計""電話がぱるるん"などの花井節がクセになる)はパラシュートの安藤芳彦により「プロ仕様」に書き換えられているため、花井ワールドとの連動感は正直かなり希薄になってしまっている。小説ではどういうわけか冒頭30Pで「世良公則の魅力」などが一方的に語られるのだが、そうした愉快な要素もCDでは当然ゼロ。自分は読了後すぐ聴いたのだが、歌詞を見てあの場面、というのもそれほど有機的には結び付かず、いっそガタガタしても花井の原案をもっとダイレクトに使ったほうが良かったのではと思わなくもない。しかしリリース時には「伊勢丹の春休みイベント」など行われていたようで、実際の連動性はリアルタイムでないと分からないものかもしれない。


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