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【僕が猟師にならなかったワケ】

季刊誌「里山の袋」2005年12月より

 「収穫の秋とは、よく言ったもんだ・・・」川に山に畑にと、先を争わんばかりにやって来る収穫物の旬。川魚たちや、山の果実や木の実、畑の秋野菜達・・・と風邪をひいている暇さえ無い。

  今年は山ノ神の機嫌がいいらしく木の実の生り年で、(山に自生する木の実は不定期な数年周期のサイクルを持っている)秋のターゲットを木の実に絞った。川の落ち鮎(産卵のため群れになって長良川河口へ降る鮎達)には目もくれず、仕事を利用して(?)「フィールド調査行ってきま〜す」と言っては木の実をセッセと集めていた。アケビやヤマボウシ、マタタビや野イチゴなどは果実酒に、ムカゴ(山芋の種)は油で炒め塩胡椒でビールのお供に。またオニグルミや山栗はクッキーやパンに大活躍する。普段我々が口にするクルミはほぼ外国産で、オニグルミに比べると一回り大きいが、大味でアクが強い。今年は成樹一本でバケツ4杯〜5杯と大豊作。なんとなくリスの気持ちがわかった様な気がした。

 雄鹿の鳴き声が山のそこかしこから聞こえて来ると、郡上は本格的な秋である。11月15日、郡上は狩猟の解禁となる。今度は山から猟師の鉄砲の音がこだまする。「獲ったど〜、時間ある?」山上の猟師から連絡があると、やはり「フィールド調査行ってきま〜す」と言って会社を抜け出し、獲れた獲物を猟師さんと、やっとの思いでヒーコラ山から引きずり下ろす。お陰で我家の家計は大助かりで、秋から春にかけて殆ど肉を買わずに済んだ。公私ともにお世話になっている熊撃ち猟師さんのお陰で山鳥、鹿、猪、熊とバラエティにとんだ高級食材が食卓を賑わせた。昔は野生動物の肉は臭みがあると思っていたが、これが美味いのなんの。熊に至っては牛肉より癖が無く、いくらでも食べられる。師曰く「奥山の、いい縄張りをもっていて、キノコや木の実、山野草など薬膳料理の材料みたいなモンばっか食べてりゃ肉も美味いわさ!」なるほど納得!

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 先シーズン初めて猟期中に件の猟師さんと一緒に山へ入る事を許された。10年かかった。彼と出会ったのは(この猟師の事を書き出すと本が一冊出来てしまうので又の機会で)郡上八幡に住み着いて間もなくだった。その頃は「おおっ俺も猟師の免許取ろう」などと、うすらさむい事を考えていた。

  師は「しのび撃ち」と呼ばれる単独猟をする、今では数少ない熊撃ち猟師である。普通は「まき狩り」を代表とするチーム猟が主流である。奥美濃の広大な山々を一人で猟をするには筆舌しがたい苦労が必要で、僕はいまだかつて、この人ほど、知力、体力、五感、人間の潜在能力全てを総動員し、フル活用して生きている人に出会った事が無い。

  師が山で話してくれた事で印象深いのが、「若い頃チーム猟が嫌で、10年毎日山を一人で歩き続けたが一頭も獲れなかった。ある年の瀬、真っ暗な雪山を彷徨っていると、麓の除夜の鐘が風に乗って聞こえて来た。俺はこんな所で何してるんだろうと思ったら涙が出てきて、山で一人男泣きした事がある」と。これを聞いた時「俺には猟師は出来ないな・・・」と思った。自分はこれまで結果のでない事に10年も取り組んだ事があっただろうか?泣けるほど心血を注いだ事があっただろうか?

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 「僕が猟師にならなかったワケ」と書いたが「なれなかった」が正しいのである。

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