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萩原慎一郎『歌集 滑走路』を読む

家にある歌集を読むコーナー第二回は

萩原慎一郎『歌集 滑走路』。

選んだ理由は、映画『滑走路』を観たから。

今回も気になった歌を挙げて、評を書いていく。

作業室にてふたりなり 仕事とは関係のない話がしたい

飾り気のない言い回しが、歌の主人公の不器用な性格を感じさせる。

「作業」とあるから、二人の仕事内容はおそらく単純作業なのだろう。

同じ非正規社員だと思われる女の子への

恋心が痛いほど伝わってくる。

「仕事とは関係のない話」ができないほど

この青年は真面目に仕事に取り組んでおり、

そこが良い点であり、もどかしくもある。

あるいは、自身の非正規という立場がそうさせているのかもしれない。

屋上で珈琲を飲む かろうじておれにも職がある現在は

「現在は」から過去、職を得るまで苦労したことが窺える。

さらに、将来自分に職があるのかわからないという

不安定な未来についても読み取ることができる。

屋上で珈琲を飲むというのは、労働者にしかできないことであり、

仕事がある喜びを感じさせる瞬間なのだろう。

ぼくたちは他者を完全否定する権利などなく ナイフで刺すな

どういうわけか心に刺さる一首。

通り魔などに対して直接呼びかけて、

「やめろ」と諭しているかのような歌だ。

「ナイフで刺すな」という主張をこれほどまでにまっすぐに

ぶつけてくる短歌作品を私は知らない。

非正規の友よ、負けるな ぼくはただ書類の整理ばかりしている

私は新卒で入った会社を2週間で退職したが、

その間の仕事といえば書類の整理だった。

「書類の整理ばかりしている」という境遇にありながら、

同じ非正規社員の人にエールを送っている。

こうした前向きさが萩原作品の持ち味である。


歌集全体としては、境遇に負けない主人公の前向きさが好印象だった。

しかし、自分の心情をストレートに表しすぎている歌も多く、

読者が置いてけぼりにされたり、

表現が粗削りだと感じたりする部分もあった。


ちなみに映画は本歌集から着想を得たオリジナルストーリーで、

短歌の「た」の字も出てこない。(エンディングで

きみのため用意されたる滑走路きみは翼を手にすればいい

の歌が出た程度)

歌集を読んだ人にはわかるであろう牛丼屋やナースの腕などのネタが

散りばめられてはいた。

内容は私好みではなかったかな……というものだった。

もう少し歌集に寄り添った話を期待していた。

シュンスケがミドリに勉強を教えるシーンは、

「これから恋が始まるのだな」とちょっとドキドキした。

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