むすく

一人暮らしをはじめた

 一人暮らしを始めた。理由は色々ある。
職場から家が遠い、1人じゃないとテレビが見れない(共感性羞恥とかいうらしい)、自立しなきゃという焦り、などなど。

 一人暮らしを始めた話を周りの大人たちにすると、きまって
「実家にいて今のうちにお金ためておけばいいのに」
「結婚して家出れば家事なんてできるようになるよ」
「親御さん寂しがるんじゃない?」
なんて、わりとネガティブな反応をいただく。

 そんなこと重々承知はしているんだけれども、社会人2年目になって実家で過ごすうちに私は「わたしはここにいるべきじゃない」という感情を抱くようになっていたのだ。

 昔から家族のことは大好きだった。甘え下手なので伝わっていなかったかもしれないが、家に帰りたくないと思ったことは一度もないし、色々喧嘩もしたけれどこの家に生まれてよかったと思っている。

 それでも、社会人になって実家で過ごしていくうちに、上で述べたとおり「わたしはここにいるべきじゃない」と感じるようになったのだ。

 人にはそれぞれ、タイミングがある。きっと私にとって、私がなりたい人間になるために変化を起こす時期が今だったのだろう。自分のことはそんなに好きじゃないけれど、私は私の勘だけは世界で二番目くらいに信用している。

 実家にいると、料理上手で優しい両親に甘えきってしまう。弱い人間なもので、昔から頼れる人が近くにいると全力で寄りかかっていく。馬鹿だとわかっているけれど、むりやり孤独の環境を作らないと、考えることも行動を起こすことも放棄して寝てしまうのだ。

 こんな意思の弱い人間のくせに、立派に自立した大人になりたいという志だけはいっちょまえに持っている。特別な事情もないのにいい歳して実家暮らしとか、だらだらと同棲とか、そういうことはやりたくないという謎の鋼の意志がある。実際、今すぐに引っ越しをする必要はそんなになかったのだけれど、心が先に走り出してしまったために体をむりやりついていかせた。

 引っ越しの時に、家族全員が手伝いに来てくれたのは嬉しかった。帰り際、なぜか弟がこの目薬試してみてよ、と言って目薬を渡してきた。どうやらCMでやっている巷で最強にスースーする代物だったようで、涙目になった。

 家を出て、車で帰る家族を見ていたら突然悲しくなって、わたしはなんでこんなことをしてしまったんだろう、今すぐこの部屋解約したい、一緒に帰りたい、行かないでと矛盾のかたまりみたいな感情が溢れてきた。でも、もう心は遥か先を走っている。目薬のおかげで、涙をごまかせた。あの時なぜ目薬を渡してきたのか、彼はエスパーか何かなのかな。

 


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