見出し画像

12月8日ホールケーキの日

 ホールケーキを独り占めして食べることが夢だった。


 私は一人っ子だったからか、そもそも大きなホールのケーキを買うことはなかった。

 両親は転勤のある仕事を持っており、私は幼いころから転校を繰り返していた。お誕生日会を開催する機会もなく、誕生日はいつも決まってそれぞれが好きなケーキを食べるのだった。

 実際、それはそれで大満足であった。転勤が多いおかげで驚くほどたくさんの地で暮らすことが出来たし、誕生日会こそタイミングがあわなくて開けなかったものの、友人はとても多かったことを覚えている。今だって小学生時代からの友人とはご縁が続いている。お互い遠くに住んでいるにも関わらず、だ。

 誕生日に好きなケーキをそれぞれ食べることだって、好みの違った両親と私とで我慢することなく楽しめたのだから良い選択だったのだと思う。

 それに、よく考えてみれば兄弟がいようといまいと、家族でホールケーキを買うことはあってもそれを独り占めするなんてことはほとんどの人が経験しないことだろう。


 私はホールケーキの真ん中をフォークで静かに刺した。

「楽しい」

「そりゃ良かった」

 篤が微笑み、紅茶を運んでくれる。

「なんでだろうね」

 1口目を頬張りながら言うと、彼は横に座り紅茶を注ぎながら、何が?と聞いた。

「三角のケーキも、ホールケーキも多分作り方なんかは一緒なんだろうけど、何でこんな風に美味しさが変わるんだろう」

 私はそれを口に入れながら言い、咀嚼して、飲み込む。ケーキは胃の中に、疑問はそのままで。

「うーん、そうだなぁ。道徳的か背徳的かじゃないかな」

 もうもうと湯気が立ち、それを吹き飛ばしてから紅茶を啜る。甘いケーキに少し苦目の紅茶がとても合う。

「三角のケーキは丁寧に切り分けられていて、それが自分のものと決まっている。で、決まったそれを食べることは道徳的な感じ。一方でホールケーキは例えそれを1人で食べていいと言われても、それが常識だと思う人は少ないよね。本来切り分けて、自分の分だけ食べるだろうホールケーキを、そうしないで真ん中にフォークを刺す。それだけでもう背徳的。あ、本当だ。美味しいね」

 彼はホールケーキの端にフォークを刺して一口食べた。端に刺すことは背徳的でないのかもしれないし、彼の言うことはよく分からなかった。けれど多分、普段してはならないことをすること自体に興奮して、それが味にプラスされるということだろう。

 まぁ確かにそうかも、と私は思う。

 今の時代はすごい。1人分の小さなホールケーキが売られているのだ。ショートケーキが好きな私と、チョコレートケーキが好きな彼と、それぞれが好きな味のホールケーキを買うことができる。切り分けなくても良いサイズのホールケーキだ。

 私はそうして興奮しながら小さなホールケーキを一人で食べる。子供が生まれたら、大きなホールケーキを買うかも知れないし、やっぱり好みが違うから小さなホールケーキを人数分買うかも知れない。それも年に数回の特別ではなく割と日常的に食べるかもしれない。
 でもそんなことはどっちだっていいし、それが背徳的でも道徳的でもどちらでもいい。

 ただ、私の夢は意外と簡単に叶うと言うことがとても喜ばしいのだ。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

【今日の記念日】
12月8日 ホールケーキの日

福岡県福岡市に本社を置き、洋菓子の製造、販売などを行う「パティスリー イチリュウ」を各地に店舗展開する有限会社一柳が制定。記念日を通して大切な人との時間を幸せで価値のあるものにし、年に数回しか食べないであろう「ホールケーキ」をもっと身近に感じてもらいたいとの願いが込められている。日付は1週間ごとのカレンダーの1日の下には必ず8日があることから1をロウソクに見立て、8を丸いケーキの土台とすることで「ホールケーキ」を連想させる毎月8日に。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。



 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?