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「Watashiは変われましたか」第9話

家のトイレにこもって泣いている沙羅のシーン。彼女はトイレの中で一人、声をあげて泣いていた。彼女の心の中の孤独と悲しみがひしひしと伝わってきた。小学生の紗羅に私がいつも厳しいことを言い、勉強ができないことで揶揄われたり、日本語がうまく理解できず学習や宿題が進まなかった。そのことに気が付かなかった。

アプリを通してこのシーンに入り込むと、トイレのドアの向こうから彼女の泣き声が響いてきた。私の胸は再び締め付けられるような痛みでいっぱいになった。沙羅の小さな肩が震え、声を上げて泣き嗚咽をしている姿は、あまりにも痛々しかった。

学校では同級生から「お前、いつも答え間違えてばかりだな」「先生の言ってることがわからないの?」と冷たい言葉を浴びせられていた。沙羅は授業な内容を理解するのに時間がかかっているようだった。理解しようと焦るほどに細かい指示や説明を聞き逃しているようだ。しかし、同級生たちはそれを馬鹿にしていた。「また宿題忘れたの?」「お前って本当にバカだな」といった言葉が、彼女の心を深く傷つけていた。

学校から帰ってきた沙羅が泣いているのを見て、私は「泣くんじゃない」と言ってしまっていた。その言葉が沙羅の心にどれほどの傷を与えてしまったのか、今になって思い知る。彼女が泣かなくなったのは、私の言葉が原因だったのだ。だから、沙羅はトイレで泣くしかなかったのだ。

宿題もやっていたはずなのに、宿題を前にして進まず固まっている様子を見ても、その原因を理解しようとしなかった。

宿題を前にして固まっている沙羅の姿が頭に浮かぶ。彼女は机に向かい、ノートを開いたまま、ペンを持つ手が止まっていた。何度も宿題をやろうと試みているのに、言葉が理解できず、進まないことに苛立ちと不安が募っていた。私はその姿を見て、「泣いてる暇があるなら、もっと頑張りなさい」「やってるフリするんじゃない」と厳しく言ってしまったことが何度もあった。

日頃、手話での生活に慣れていた沙羅にとって、日本語での学習は理解するのにワンテンポずれることが多かった。家では幼稚園の時に足し算や引き算ができていたが、教科書の日本語が理解しにくいことに気づいていなかった。手話中心の生活から日本語に切り替える環境に馴染むのに時間がかかっていたのだ。

そりゃそうだ。手話と日本語では私でも切り替えるのに時間がかかっていた。なのになんてこと言ってしまったんだろうか。後悔ばかりが溢れ出る。

さらに、沙羅は学校でいじめられていたことを知らなかった。下校時間に背中を目掛けてキックされることもあった。ランドセルに足跡がついていたが、それがいじめの原因だとは気づかず、ただの汚れだと思っていた。それにたいしても「物をを粗末にする子はバチが当たる」そう叱ってしまった。それでも沙羅は泣かなかった。私の前で泣くと怒るからだ。

私は彼女が泣かないから「うまくいっている」と安心してしまった。しかし、それは彼女が泣くことを我慢し、心の中で苦しみを抱え込んでいたからだった。私の言葉が、彼女をもっと孤立させてしまったのだ。

今思えば、一方的に私が言うだけで沙羅の話を聞いていなかった。沙羅の気持ちに寄り添わず、彼女の苦しみや悲しみを見過ごしていたのだ。沙羅は賢い子なはずなのに、分かっているのに苦しんでいたことに気づかなかった。彼女が感じていた孤独と悲しみを理解できていなかった自分に、強い後悔と自責の念が込み上げてくる。

トイレで泣く理由は私の前で泣くと怒るからだ。私の怒りを避けるために、彼女はトイレに逃げ込み、そこで一人泣いていたのだ。彼女の小さな肩が震え、涙が頬を伝い落ちる姿を見ると、胸が締め付けられるような痛みが走る。

彼女の目には恐怖と悲しみの色が浮かんでおり、何かに押しつぶされそうな気持ちでトイレの中に隠れていた。自分を守る手段だったのだろう。その小さな体が震えながら泣く姿を見て、私は彼女がどれほどの重荷を背負っていたかを痛感した。

「ごめんね、沙羅。私がもっと気づいてあげられていれば」と心の中でつぶやいた。彼女が泣いている理由を理解し、彼女の気持ちに寄り添うことができたなら、こんなに泣かせることはなかっただろう。彼女の苦しみを見て、私は後悔と自己嫌悪に苛まれた。私の焦りと怒鳴り声が、彼女の心にどれほどの重荷を与えたのかを痛感した。

その後、何度もトイレで泣く沙羅をトイレのドア越しに座って見守った。辛かったこと吐き出していい、泣いたっていいんだと呟きながら。沙羅が泣き止むまで続けた。

「ごめんね」と謝ることしか言葉が出てこない。何度も繰り返しながら、沙羅の泣き声を聞き続けた。

「勉強もよく頑張ったね。3年生の終わりには宿題も早く終わるようになったね。その時の担任の先生は優しいと言っていたのを覚えてるよ。」と心の中で何度もつぶやいた。沙羅の手がドアノブに触れるたびに、その温かさが私にも伝わってくるような気がした。今なら、彼女の気持ちをもっと理解し、話を聴くことができるのに。

アプリを通して来た私の姿は、シーンに登場する誰にも見えず、触れてもすり抜けてしまう。ただその光景を見つめていた。

その瞬間、トイレのドアノブが柔らかく光り始めた。優しく光を放ち、アイテムの鍵が沙羅の心の中に消えていくのが見えた。私はその光を見つめながら、彼女の心の中に少しでも安らぎを与えられることを願った。

一瞬、沙羅が安堵の顔を見せた。同時にドアノブの輝きが増し、画面には再び「このシーンをクリアしました。ロックが解除されました。次のシーンに進みますか?」というメッセージが表示された。心の中で沙羅の話をもっと聞かなくてはと決意を新たにし、次のシーンに進むことにした。

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門


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