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「Watashiは変われましたか」第15話

勢いのままに次のシーンを選択すると、私と沙羅、そして孫の杏奈の三人で過ごす日常のシーンが現れた。離婚後、沙羅と私は再び一緒に住むことになり、杏奈を育てる手助けをする日々が始まった。

アプリを通してこのシーンに入り込むと、沙羅と杏奈の笑顔が広がっていた。杏奈は元気いっぱいに走り回り、沙羅はその後を追いかけながら笑っていた。私もその光景を見て、心が温かくなった。

しかし、その笑顔の裏には、私たちが過去に経験した苦しみや葛藤が隠されていた。沙羅が母親として奮闘する姿を見て、私は彼女の強さと優しさに改めて感謝の気持ちを抱いた。

その後、次第に異なる事実が浮かび上がってきた。私は沙羅を手助けしていたつもりだったが、それは一方的なルールを押し付けるだけだった。帰ってきた沙羅に対して、台所には私が立っているときは邪魔しないこと、家にお金を入れること、部屋もまともに与えないことを言い渡した。

仕事の帰りに杏奈を迎えに行き帰宅する。疲れているが食事を作ろうとする紗羅に私は文句を言い食事を作ることを諦める。言い争いを避け黙って杏奈を連れて再び出かける。

これまでに知らなかった真実が次々と浮かんでくる。いや知っていた。知っていたけど認めたくなかった。

外に出た沙羅と杏奈は近所のスーパーの惣菜を買って近くの公園で食べている。「仕事で遅くなってご飯作れなくてごめんね」と沙羅が杏奈に言うと、楽しそうに「ママといっしょ、ごはんしいね」と言う杏奈。別の日にはお金がなかったからだろうか「今日はパンの日だ」という紗羅に嬉しそうな杏奈。同じ公園のベンチでパンの耳を二袋と100円ほどで買える安いジャムを二人で分け合いながら大事そうに食べている。別の日には沙羅は何も食べずに杏奈が好きなシャケのおにぎりをコンビニで買って食べる。

「ホームレスみたいなことを」思わずこぼれてしまった。そうさせたのは私だとわかっている。

私は沙羅と杏奈が外で贅沢して食べていると思い込んでいた。贅沢をしているのだと思い込み、生活費を入れろと言っていたことを思い出した。生活費を入れたところで、家で満足に食事ができるわけではない。今思えばなんて不条理なことをしてしまったんだ。今、気がつくことができても、当時の私にはそれが正しいと思っている。曲がり通していた。沙羅の話を聞こうともせず離婚して帰ってきたあなたの責任と責め立てていた。

一方的な条件が長く続く訳もない。ある日、沙羅と大喧嘩をする。

「なんでもっと家にお金を入れないの」
「そんなにお金はないよ」
「毎日外で食べてるでしょう」
「家で食べることができないから」
「なんで家で食べないの」
「台所を使わせてくれないでしょう」
「私が使っている以外は使っていいって言ってるでしょう」
「使う時に必ず文句言うでしょう」
「だからと言って毎日外で食べたら贅沢でしょう」
「贅沢はしてないよ。贅沢するほどのお金はないよ」
「外で食べてたら贅沢でしょう」
「公園で食べてるんだよ」
「公園で食べてたらみっともないでしょう」「じゃあどうしろっていうの」
「お金をちゃんと出したら作ってあげるから家で食べなさい」
「家にお金を入れているのに今までまともに食べてないよ」
「とにかくお金を入れなさい」

声を張り上げる大喧嘩。これまで沙羅は言い返すことがなかったから言い返されるたびに言葉が見つからなくなることを初めて経験した。そしてどんなに言っても言葉では勝てないと感じた私は沙羅に向かってプラスチックボックスを投げた。当たりどころが悪かったのか沙羅の鼻が赤くなり鼻血を出している。

それでも気持ちがおさまらず無抵抗の沙羅に手当たり次第投げつけた罵倒した。疲れ切った私に「言葉は言霊だよ。ママが私に教えてくれたよね」沙羅は唇を震わせながら静かにゆっくりと手話で話す

「ママのこと大切に思ってるし、本当は大切にしたいけど、今の私には無理。杏奈を守らなきゃいけない。今はママにお金を出すよりも、まだ幼い未来のある杏奈にお金を出さなきゃいけない。ママはまだ動けるし自分で努力すれば生きていける。杏奈は努力だけでは生きていけないから守らなきゃいけない」そういうと荷物をまとめて出ていってしまった。

沙羅が出ていったあと、どこに住んでいるのか知らせもなかった。私は捨てられたと感じ強い絶望感を感じた。ただただ怒りしか出てこなかった。自分は絶対に間違っていないと思い込み周りに触れ回った。沙羅や杏奈の気持ちを考えることはなかった。

なぜ私はこんなふうになってしまったのだろうか。杏奈を守るために出ていった沙羅の気持ち、今ならわかる。沙羅が私に言い返すようになったのは母親としての本能からだろう。そして自分中心な考えに気がつくと同時に恥ずかしさ、情けなさ、無力、不安、恐怖を沙羅にぶつけていただけなのだと思うとやり場のない感情を、今もどうすれば良いのか立ち尽くしているだけだ。

紗羅ならわかってくれる。そう思い込んでいた自分をやり直すことはできないのか。これまでは彼女が泣くシーンにどう寄り添うのか見てきたが今は私自身がどうしたら良いのか泣いているようにしか見えない。困惑し流れるシーンを見てボー然とする

半年ぐらい経って、沙羅が杏奈を連れてきてくれたことがあった。

杏奈が私に絵を見せてくれた。「ばぁば、これみて!」と満面の笑みで差し出してきた絵には、私と沙羅、そして杏奈が手をつないでいる姿が描かれていた。絵の中の私たちは、皆笑顔で幸せそうだった。

その絵を思い出して、私はさらに涙が止まらなくなった。

「私も頑張ってるから、ママも頑張って」紗羅が言う言葉を受け止めることが、負けを認めるような気がして、会えたことが嬉しいはずなのにつまらなそうな顔をした。

「あなたも私の助けがなければ、苦労するでしょう。私が経験してきた苦労を味わえばいい」この時は、それ以上言葉が出なかった。間違ったことに気がついていたからだ。

なぜこんなにもお金に執着していたのだろうか。とにかく言い返すことのなかった沙羅に対して勝たなくてはと思っていた。

沙羅は悲しそうに俯くと「そうだね」と言いながら「体に気をつけてね」と杏奈の手をひき駅の改札へ消えていった。

幼い杏奈の手をひく沙羅の背中は涙で溢れていた

なんてことを・・・

突然画面がフリーズしモノクロの画面となった

画面には再びアイテムの表示が現れた。そこには「絵」と書かれていた。私はそのアイコンに指を伸ばし、画面をタップした。
どんなにタップしてもモノクロの画面からは動かない。

その横に涙の形が悲しげに浮かび上がり別のシーンを映し出した

沙羅と杏奈が手を繋いで私の元にやってくるところだろうか

「ばぁば、げんきかな」
「きっと元気だよ」
「ばぁば、よろこんでくれる?」
「喜んでくれるよ」
「いーこにしてたら、ばぁばといっしょにいゆ?」
「杏奈はいい子だよ。じゅうぶんいい子だから、これ以上いい子にならなくても大丈夫。」
「いーこにしてないとママもいられなくなる?」
「いれるよ。大丈夫ずっとママはそばにいるよ。」
「ばぁば、いいこにしないとママこないって」
「そんなことないよ。ちゃんと杏奈のところに迎えに行くでしょう」
「うん。おともだちとケンカして、わゆいことしてもダメだよいってママくゆ」
「そうね。ママは絶対迎えに行くよ。悪ことしちゃダメだけど、悪いことしたなって思ったらごめんなさいすることも勇気出してするでしょう。」
「ゆうき?」
「そう勇気。ごめんなさいも勇気だよ。また3人で暮らせるように今はほんの少しだけ勇気を出せる練習をしてるの。」
「ごめんなさいするね。ほいくえんもれんしゅーしましょうすゆね。」
「そう大きくなっても練習することがあるんだよ。」
「えもれんしゅーした。ばぁばよろこぶ?」「きっと喜ぶよ。」


眩いばかりの情景、屈託のない笑顔で会話をする二人の姿に羨ましいそう思った

杏奈がいい子でいなきゃいけないと思っていたことに気が付かなかった。沙羅を育てる時も褒めることをしてこなかった。どこかで愛し方を知らなかったのかもしれない。それ故に言い聞かせることが正しいと思い込んでいたのかもしれない。「いい子にしてないとママに捨てられちゃう」そう言ってしまっていた。

シーンがぐるっと回転し

「ばぁば、これみて!」と満面の笑みで差し出してきた絵に顰めっ面の私を見て悲しそうにする杏奈。

再びシーンがぐるっと回転し駅のホームで沙羅と杏奈が話している

「バイバイしたね」
「したね」
「えはうれしくなかった。おりがみにすればよかった?」
「そんなことないよ。ばぁばは不器用な人だから嬉しいってすぐ言えないけど、とっても喜んでるよ。」
「ほんと?」
「ほんと。ほんと。きっとお家に飾ってくれるよ。次ばぁばのお家行ったら見てごらん。」
「そうね。みてみゆ。」
「ほんとにね。勇気と素直になったもん勝ちなんだけどね・・・」

映し出したシーンでは、沙羅が杏奈を連れて出ていったのは杏奈を守るためだけではなかったことを思い出した。「言葉は言霊」言った言葉は自分に返ってくるから言葉に気をつけなさいと教育の中に入れて生きたのは私自身だ。それなのに私は言葉を選ばず感情のままにぶつけてしまったのだ。感情のままにぶつける私に対して沙羅は言葉を慎重に考え選び伝えていることに気がついた。

親である私はいつの間にか沙羅に追い越されていた。同時に杏奈へ言ってしまった愚かさに気がついている。謝ることの勇気。間違いを認める勇気。ありがとうと言葉にしえ伝える勇気、たくさんのことに気づかせてくれたことを両手を握りしめながら涙が止まらなかった。

絵のアイコンが光り、沙羅と杏奈の笑顔がさらに輝きを増して見えた。その光景を見ながら、私は心の中で「あなたたちと一緒にいられる時間が本当に幸せだよ」とつぶやいた。

その時、沙羅も微笑み、杏奈が私の方を見て「ばぁば、だいすき!」と言ってくれた。その言葉に、私は涙が溢れて止まらなかった。その瞬間、私は家族の絆の強さを感じ胸がいっぱいになった。

暗闇の中に、画面が浮かび「このシーンをクリアしました。ロックが解除されました。次のシーンに進みますか?」というメッセージが表示された。

#創作大賞2024#ファンタジー小説部門



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