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ワケアリ物件の賃借人

体が動かない。だがこれは夢だとはっきり感じる。明晰夢だ。
暗い顔をした男がヨロヨロ近づいてきて、俺の隣に横たわる。どんよりした表情。猜疑心、頭痛、SHIT、そして痙攣。多分、不眠からの薬物過剰。

目の前で繰り返される永久の別れ───金縛りの1割は霊障。
そんな話、俺に言わせれば冗談にもならない。ここじゃ毎晩、無念を抱いて死ぬ男と添い寝だ。進退きわまった憤りだけが伝わってくる。

俺にしてやれる事なんて何もない。そう言い訳するや不意に男の姿が消えた。俺は目が覚めていた。ベッドの上で、ぐっしょり汗をかいている。


人が不審な死を遂げた部屋で1ヶ月を過ごす。それで事故物件の表記義務が消える。このバイトを始めた頃はただ時間を潰していたが、何件目かで知った。物件には幾つかジャンルがあるって事だ。
A:なにもない───ラクだが、慣れたら退屈。
B:無害な霊障───ビビるが、報告に応じて手当支給。
そして期日が来ればクリーニングされ、賃貸情報に掲載される。

ここまでは俺にもできた。でも俺はもっと市場価値のある人間になりたい!
体を起こしノートPCを開く。表示された前住人の顔は夢で見た男と一致。
数日間どんより男と寝起きしたが実害はない。典型的B案件。いや、寝ても疲れが取れないしB+ってとこか。キーを叩いてメモメモ。
 
ん、俺の手ってこんな骨ばってたっけ?
その時PCがブラックアウト。画面に映る自分の後ろに男がいる。そいつが初めて笑った。なんだそんな顔もできるん……って元気になってねえか?!

甘かった。これは間違いなくC案件! エージェントに電話。
「俺、とりつかれてるみたいです、次はどうするんすか?!」
『試用期間を終わらせたいのなら自分で考えてくれ』
え、あれ、なんかやり方とかそういうのは……?
「クソッ、本当に正社員にしてくれるんだろうな!」
『もちろんだ。だがその気なら、今すぐ眼前の事に集中すべきだろう』
通話が切れた。 


【続く】


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