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フジミ・イン・フシミ

 1868年1月26日、土方歳三率いる新選組は伏見奉行所脇に布陣した。

 翌日、徳川本隊八千が大坂より鳥羽街道を北上する予定だ。『君側の奸を除くべし』としたためての直訴軍。新選組は本隊の右翼として、支援前進の手はずである。

「おう斎藤、彦根藩の高台陣地は準備万端か」
「はい副長。前面の薩長軍に対し、我らと十字砲火を張る構えです」
「ならいい。今度こそ、連中の勝手にはさせねえ」
 土方の気持ちが、斎藤には痛いほど分かる。
 先の長州征伐、徳川の永代先鋒彦根藩は英ミニエー銃の前に壊乱した。有効射程1km、実に火縄銃の十倍。斎藤の調べでは、幕府側も仏製シャスポー銃を万挺単位で購入。だが肝心の輸送が遅滞し、土方は珍しく無い物ねだりを繰り返した。思い出す度、斎藤の頬が緩む。

「右翼指揮官は、かの天才軍師竹中半兵衛の末裔との事。心躍ります」
 斎藤の言葉に周囲の隊士たちが笑顔で頷いた。だが副長の顔は固い。
「呑気な戦国野郎どもだな。いいか、明日はいつ開戦しても奉行所を盾に粘れ。そのあと夜襲だ。敵武装の利を殺す」
「夜討ちは警戒が厳しいのでは?」
「いかに薩長が精強でも、高台からの砲火を背負ったままで長時間戦えるものかよ」
「このご時世、敵陣斬り込みとは豪気ですね」
「十八番で決める。気を組んどけ」
 隊士たちが湧いた。そうだ、こうして勝ってきた。敵を侮る者はいない。

 翌早朝、身を切るように凛とした風の中、斎藤は差料の柄に触れて気付く。
「凍ったか」
 鞘を握り温め、ぐっと刀身を引き出した。激戦を想い、刀と手が離れぬよう布で堅く巻き結ぶ。おのが胸の内に押し寄せる闘志のうねりを感じながら。

***

 遠く長州の地で、一昨年彦根を粉砕した司令官大村は調練をしていた。ふと京の方角を見やる。
「私の秘密兵器を送り込んだからには、勝つ見込みもありましょう」

 その秘密兵器が遥か上空から新選組の陣を見据えていた。この後、伏見奉行所は煉獄と化す。


【続く】


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