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あしたの明日と、もやしの夢

いやはや、多少、いやかなり大袈裟ではあるけれど、多事多端、悪戦苦闘、疾風怒濤、東奔西走、南船北馬、そんな十日間が颯の如く過ぎ去った。

私は登録販売士という資格を保有していて、とあるドラッグストアで管理資格者として勤務している。

医薬品の販売に従事する日々を送っているのだけれど、同僚の資格者が二名、近隣の店舗の資格者が三名、体調不良で出勤が出来なくなってしまった。夏が苦手なはずの私はなぜかこういう時に限って元気はつらつで、こんな時はお互い様、ということもあり珍しい連勤となってしまった。

管理資格者が不在であれば薬局は開けれないので、普段のんびりしている分をここで精算しようという打算もあり、二店舗を行ったり来たりしながら孤軍奮闘の慌ただしい十日間を過ごした。

皆なんとか回復したようで、私も今日が勤務の最終日だった。

最後の一日は朝から変なテンションで、打ち上げがそろそろ終わりそうな花火のように逆に疲れも感じなかった。

帰る時はまだ西の空が明るく、夏の黄昏の空が神秘的で、カラスの勘九郎と一緒に家路についた。

シャワーを浴びて一息つき、ビールを取ろうと冷蔵庫へ向かおうとしたまさにその刹那、娘から着信があった。

老兵に休む暇はない。

「パパー!急にごめんちゃい。今から帰ることにしたんだけど、バス代節約したいけん、迎えに来てー!」

せめてシャワーの前に言ってくれよー、と心の中で叫びながら糸の切れそうな奴凧のように頼りない足取りで車へ向かい、
「大事な娘ちゃんに会いたくないのー?」
という呪文に導かれながら娘のアパートを目指した。

往復約四時間かけてやっと家路に着く頃、流石に疲れが溜まってベッドに寝転んでいると、
「パパ、わたしが晩御飯作るけん、何が食べたい?ていうか冷蔵庫に何があると?」
と娘が聞くので私はもやしたっぷりの焼きそばをリクエストした。

甘辛いソースの味わいをなぜか恋しく感じていた。


私には二人の子供がいる。

二十歳の息子と、ひとつ下の娘である。
それぞれ大学、専門学校に通い、医療の勉強をしている。

二人の子は、母親の顔を写真でしか知らない。

娘が産まれて間もなく、妻は病気で他界した。

そんな家庭環境もあってか子供とは、親子というよりどちらかといえば相棒同士という感覚の方が強いと思う。

娘が小さい時から、私はあまり怒ったり考えを押し付けたりという記憶がない。どんなことでも言って解らせるのではなく、自分で経験して軌道修正する方が血となり肉となると思ったからである。

娘は今ちょうど就職活動に差し掛かっている状況で、本人なりにあれこれ思案し試行錯誤を繰り返しているようだ。

仕事内容はもちろん、給料のことをとても気にしている様子なので、晩御飯を食べながら私は珍しく自分の経験を話してあげた。

ママが亡くなって、二人をおんぶして抱っこして熊本に帰って来たこと。
三十歳を越えてからの就職活動はそれなりに結構大変だったこと。
家から通える仕事を探したけれど、なかなか見つけられなくて、いいと思ったところを何個も面接で落とされたこと。
最初に働いたレストランは、週末に休みが取れなくて、泣いて離れない幼い子供をあやしながら、パパも涙を堪えながら仕事に向かっていたこと。
二人ともよく病気で入院をして、パパも同じ病室に寝泊まりしながら仕事に通っていたこと。
ある時パパ自身が過労で倒れて入院してしまい、身体のこと、子供たちとの時間を考えて退職を決断したこと。
次に働いた職場が、今の仕事だということ。
最初の頃は学校行事や相変わらずの病気などもあって、パパはアルバイトだったこと。
給料は半分に減ったこと。
それでも土日に休みがもらえて、いっぱい二人と遊んで楽しかったこと。
運動会も発表会もおかげで全部参加出来て幸せだったこと。
夜勉強して今の薬の資格を取って正社員になり、給料も少しだけ増えたこと。
二人が中学校、高校にあがった時、学校に馴染めず登校が出来ない時期があった時、パパは正社員から契約社員に配置転換してもらって、毎週お弁当を持って行ったこと。
給料はまた少し減ったけど、またまた二人と過ごす時間が増えて、なんだかパパは幸せだったこと。

大切な存在の為だったら、どんな仕事だってどんな立場であっても胸を張って誇りを持って取り組めるということ。

「だから仕事はお金だけが全てじゃないんだよ」

と、娘にちょっとだけカッコをつけて語ってみた。

「ふーん。」

と娘がくちびるを前に出して聞いている。

「じゃあさ、もし何億円っていうお金もらえる仕事があったら、家族と仕事どっちを優先する?」

と娘が言ったので、

「パパはそんなお金いらんよ。だって使い道ないやん?」

と返した。

これは私の亡くなったばあちゃんの言葉である。

ばあちゃんは生前、「お金はな、あり過ぎても困るんやぞ。人に取られはせんやろか?どこに隠そうか?早く遣ってしまうべきか、大事に貯めておくべきか、毎日そんな心配ばっかりせないけんやろ。そんなことばっかり考えてうっかり死んでしまったら全部パーになってしまうけんな、なんの為に生きてるか分からなくなる。普通にご飯食べれて、孫に小遣いやれるくらいあって少し蓄えがあればそれで充分なんよ」

といつも言っていた。

「それにさ、たくさんお金あったら有難味が薄れるでしょ?わかなが一生懸命バイトして稼いだお金で買ってくれた香水の方がパパは嬉しいし、ママもパパと出会って、パパの最初の誕生日の時にプレゼントしてくれたネクタイさ、ケーキ屋さんで頑張って働いてもらった給料で買ってくれたんよ。パパは今でもそのネクタイ使ってるけん、そんなもんよ」
と、焼きそばとハイボールを口にしながら話してあげた。

娘は就職活動と並行して、只今絶賛、料理の勉強中でもある。

「パパ、ちょっと量を間違えたかも!」

蓋が閉まりません!

どうやらもやしを三袋くらい一気に入れたようだ。

さて、明日は娘を連れて妻のお墓参りにでも行って来ようと思う。

その後、娘と一緒に買い物に出かけよう。

これだけのもやしを食べたから、あしたの明日のその次の日も、元気一杯で頑張れそうだ。

そっか、息子も帰ってくるんだった。

娘ちゃん、洗い物だけよろしくね。

おやすみなさい。










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