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行った国のベスト10:Anizine

ある集まりで、若者が大声で話していた。

「声が大きい人は、だいたい意味のあることを言っていない」

というロバート・ツルッパゲの言葉があるが、彼もまさにそれだった。つい最近ロンドンに行ってきたが、いかにロンドンがオシャレで日本がダサいかを熱弁していた。こういう人はただ面白く観察していればいいのだが、同席していた40代くらいの香川照之さんに似た人が、優しい目でこう言った。

「では、あなたが行ったオシャレだと思うベスト10の国を教えてください」

若者は黙ってしまう。だって初めて外国に行ったのがそのロンドンなんだから。香川さんっぽい人が言いたかったのは、「多くのサンプルを持たない場合、少ない経験で単純な仮説を立ててはいけない」という戒めだったのだろう。

案の定、そこからロンドンに5年住んでいた人や、ヨーロッパ各地での赴任を経験した人たちが面白エピソードを話し始め、最初に「トラファルガー広場、最高」と話していた若者は、自分が知っているロンドンがいかに入門編だったかを知ることになった。別に香川さん似の人もまわりの人たちも彼をやり込めることが目的ではなかったはずだが、ここでおぼえておきたい教訓は、「どんな場にも、自分よりも知識や体験がある人が必ずいる」ということだ。

経験主義というのは過剰になると経験不足の人をいじめがちになるんだけど、重要なのはそこではない。会話を楽しんでいるときは、できるだけ個人的な体験を他人と共有するのが面白いんだから、誰も体験していない自分だけのちいさなエピソードを話せばいい。それを「イギリスっていう国は」と言い出してしまうと話が大きくなりすぎる。それだったら数十年暮らしたことがある人に聞くし、反対に言えば、半世紀以上住んでいる自分も「日本とはどういう国か」を精密に説明できる自信はない。

俺が行ったことがあるのはほんの一週間くらいの滞在を含めれば25ヶ国くらいだろうか。世界中を飛び回っている友人と比べればあまり多くの国に行ったことはない。いつも同じところばかりに行くからだ。

知らない場所に一週間いると、月曜から日曜までの都市のサイクルを知ることができる。一年いれば春夏秋冬のサイクルがわかる。それを数年繰り返せば去年の12ヶ月と今年がどう違うかがわかる。「去年の夏より涼しいね」といえるわけで、つまりはそういうことだ。それら知っている国のベスト10を言えるようになるためには、最低でも10以上の場所を知らなくてはいけないのは当然。

若者が生まれて初めて外国に行った興奮で「ロンドンとは、ヨーロッパとは」と語り出してしまうことの幼さと可愛らしさを感じたよ、というお話でした。

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Anizine

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写真家・アートディレクター、ワタナベアニのzine。

多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。