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平林監督と五明さん:Anizine(無料記事)

尻馬に乗って、また平林監督の話です。彼は元々ストラテジーの人だったのですが、ある程度仕事をしてきたことで昔の「ガツガツしたムード」が少し薄れてきたように感じていました。一応先輩なので先輩ヅラをしてみようと思います。ヅラって顔の方ですよ。頭頂部ではなく。

今日、銀座の森岡書店でグランジ五明さんの展示を観てきました。五明さんというのはスゴい人で、心から尊敬しています。最近とても気になるのはネットなどで「質問をしまくる人」を見る機会が増えたことです。特にThreadsはフォローしていない人の投稿がバンバン出てくるので、普段は付き合いのないクラスタ世界が怒濤のごとく流れ込んできます。そこにいる人々はまったく違う価値観を提示してくるのですが、その多くが質問です。

「私はこういう仕事で世界を切り拓いていきたいんですが、そのためにはどんな書類を用意すればいいですか」のような質問を見ると、いやいや、それがわからない(もしくは調べられない)なら、世界なんか切り拓けないですよ、と感じます。お決まりの「ググれ、カス」という厳しい意見も見受けられますが、中には親切に教えてくれる「教え魔」も登場します。彼らは別に専門家でも有識者でもありませんから、完膚なきまでの間違いを教えたりします。この場面も見ていると疲弊します。

「私の友人の親戚がマスコミ業界にいるけど、大変だって言ってましたよ」などと言うのです。友人の親戚なんてもう赤の他人すぎて、リアリティが皆無です。聞く人、教える人の程度の低さは専門職からしてみれば、可愛げがある、で済ますこともできますが、そこに寛容さを発揮するのはかなり厳しいです。何もわからない人に嘘を教えるな、と思います。もしくは自分が知っている狭い範囲のことを「定義」「正解」だと教えないで欲しいのです。

五明さんは成り行きで、あるラジオCMのコピーを書いたのですが、そのコピーで東京コピーライターズクラブ(TCC)の新人賞を獲ります。広告代理店やプロダクションの若手コピーライターが必死になって応募する賞なのに、です。そして趣味で漫画を描き始めましたが、それが二冊も出版されています。ここでちょっと考えてみてください。五明さんは「僕はコピーを書きたいんですけど、広告代理店やプロダクションに入るべきですかね。誰か教えてください」「漫画を出版したいんですけど、やっぱり出版社にコネがないと無理ですかね」なんて聞かずに、軽々と自分の方法でそれらを成し遂げているのです。

手前味噌になりますが、私が『カメラは、撮る人を写しているんだ。』という本の中に書いた「スライド理論」そのものです。コントグループとして活動してきた五明さんは、何かを人前に提示する方法を厳しい職業レベルで学んできたことで、長年コントで培った能力を、コピーや漫画というジャンルにスライドさせられました。ここ、すごく大事なところです。

ネットで質問している「まだ何者でもない人々」は、何者かになる方法を知らないので、目玉焼きを作るにはフライパンが必要、ということさえ知りません。しかし目玉焼きをマスターした人は「いつも使っているこのフライパンで、もしかしたらパンケーキも焼けるよな」と理解できるのです。

そして誰かに何かを聞かないと一歩が踏み出せない人は、基本的に失敗するのが怖い人ですから、表現に関わる仕事には向いていません。平林監督は若い頃、自分の生み出した傾向と対策と方法論に自信を持っていました。ずっと隣で見ていたのでわかりますが、科学者みたいな手順で「アート」のことを考えていました。私はそれを正しいと思っていましたし、本人もそう思っていたはずなのですが、40代くらいからなんというか、本人も気づいていない中堅制作者の悲哀のようなものに支配されている気がしました。別の言い方をすれば離陸して高度を上げ、シートベルトを外しているタイミングのような印象を受け、ヘタをすればシャンパンを飲んで機内食を食べている雰囲気です。批判ではないんですが、誰にでもそういうフルフラット・リクライニングな時期が訪れます。

しかし、今日の平林監督のnoteを読む限り、原点に返ったというか、ウザいと思われても泥臭く突き進む面倒臭い中年の意地を感じたので、頼もしい限りです。平林監督や五明さんのような人しか生き残らないことは明白で、世の中は自分の生き方を塾の先生が教えてくれるような甘い場所ではありません。まず、自分が趣味でやっている遊びみたいなことを仕事にしたいという時点で恐るべき倍率をくぐり抜けないといけないのです。

「食っていける」というのは家賃と光熱費が払えるということではないですよ。自分が世の中に提示したいビジョンが他人から求められた対価として「莫大な報酬が支払われる」ということです。

そこを間違えると、仕事のギャラが安いとか愚痴を言い始め、自分がいかに能力を認められない仕事をしているかという宣言になってしまいますから、そう言うのはやめましょう。能力を認められた人はどんな業界でもまともなギャランティをもらって、いい環境と待遇で仕事をしています。


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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。