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10代の頃に想像していた世界。

自分が写真を撮る上で、変化してきたことがある。

東京発博多行きの新幹線で言えば、数年前までは新横浜あたりをじっくりと徐行していたんだけど、静岡あたりまで来たような気がする。写真を撮り始めた頃には思いもよらなかった。富士山もチラッと見えてるし。

今日はノマさんと写真の話をした。ノマさんは水泳のコーチをしていたそうで、選手のタイムが上がるのはわかりやすいけど、写真なんかの場合は進歩の客観評価がしにくいよね、という結論に至った。

これがいい、これはダメ、とそれぞれが勝手な基準を持っていいのがアートの自由さなんだけど、反対に誰もが納得できる「タイム」に相当するモノがない。

自分の中の基準で、タイムに代わる、写真を撮り続ける以上クリアしなくてはいけない具体的なポイントをいくつか設定していたが、それらに関わることが最近立て続けに起こっている。それが恥ずかしながら、静岡の根拠。

カメラを初めて買おうとした高校生のとき、カメラ屋さんでCanon A-1のカタログを見た。アメリカの草原らしき場所でバドワイザーの空き缶をライフルで撃っているという、今ではコンプライアンスとして完全にアウトなビジュアルだったが、それが格好良くてA-1とF-1を買った。

それを手に入れれば、そういう世界に連れて行ってくれるのではないかと勘違いしたのだ。買ったカメラで近所の草むらにいたカエルとかを撮っていたから、勘違いにはすぐ気づいたけど。

そしてどういう巡り合わせか、そのカタログを作っていた広告プロダクションに入ることになった。そこには本当に、ライ・クーダーやマット・ディロン、ショーン・コネリーと仕事をする世界があった。10代の頃に想像していた世界が、いつの間にか目の前にあった。

さて、このあたりまでは一般論。

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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。

ありがとうかつサンキュー
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写真家・アートディレクター。着ぐるみの中は繊細です。1964年生まれ。「ロバート・ツルッパゲとの対話」 https://www.amazon.co.jp/dp/4908586071/