チュートリアルはラムネ味
1.「身体が変なんだ…」
僕は少し変な人間だと思う。
これは「俺ってみんなと違うんだよねーw」というイタいアレではなく、昔からマジで身体の様子が少し変なのだ。
僕の家系は全員歯並びが悪い。そしてその恩恵は僕ももれなく受けて、小学生の時はひどい出っ歯だった。だったのだが、治った。
いや、歯並びが悪いのは今や矯正器具などがあればいくらでも治せるのだが、僕は自力で治した。方法はいたってシンプルで、出ている歯がコンプレックスだったからなんとかならないかなと毎晩指で押していたらなんかいつの間にか出っ歯じゃなくなっていたのだ。
この話を友だちにしたら「現代医学を馬鹿にするな」と言われた。そう言いたくなる気持ちも分かる嘘みたいな話だが、昔の写真と今の写真を見れば明らかに出っ歯じゃなくなっているから本当なんです。
こういうような「俺の身体なんか変…」みたいなことが昔からある。
仕事中に徐々に手がまだらになったことがあった。全く自分では気づいておらず、上司に書類を出しに行ったら「お前なんかまだらだぞ」という多分この先二度と言われることはないであろうことを言われた。病院に行ったら2,3歳の子どもがなるという手足口病に大人になってから罹っていた。
ホルモンバランスが大爆発して右のおっぱいだけがBカップくらいになったこともあった。明らかにおかしいので男でも行けると言う乳腺外科へわざわざ行ったが、受付で他の女性にめちゃくちゃ怪しまれた挙句に「男性用待合室」という名の外のベンチで真冬の夕暮れの下で30分待ったこともあった。主治医の先生には「2週間くらいしたら元に戻るよ」とだけ言われて、一応元には戻った。
こんなのは今ぱっと思いついただけのもので、ほとんどが女性だという偏頭痛持ちだとか、ほとんど髭がなかったのに27歳になって突然髭が生えて来た、とか大小にかかわらず色々ある。だけどこれ以上は今回の話の本筋からずれるので(もう今の時点でかなりずれてる)、僕の愉快な身体の話はこれくらいにしておく。
だが前の記事でも話した通り僕は昔からどこか周りと足並みが揃わないので、こんなことは今さらなんとも思わない。
ただ一つだけどうしても解決したいことがあった。
それは「なぜかPCモニターでゲームをやると酔う」ということだ。
小さい頃からプレイステーション派だった僕はいつもテレビでゲームをしていたのだが、社会人になり自分の買いたいものを自分の力だけで買う、ということができるようになった。世はまさに大eスポーツ時代で、魅力的なPCゲームの実況プレイや配信がYouTubeに投稿されていた。
そんなわけで何かと影響されやすい僕は、ドスパラで店員の言われるがままに中古の軽トラくらいなら買えそうなゲーミングPCを購入した。そしていざSteamで購入したゲームをプレイして5分後、信じられないくらい酔った。
ゲ■こそはこらえたものの、あと1分でもプレイしていたら危なかった。
僕は混乱した。
なんせ画面酔いはおろか「何かに酔う」ということ自体が人生でほとんどなかったからだ。中学生の時に臨海学校のために乗った船が大荒れの海で死を覚悟するほど揺れて、クラスメイトのほぼ全員にくわえて先生さえも酔った時でさえ僕は酔わなかった。船の運転手さんに「君は海で働け」と言われたのに、まさかこんな田舎のワンルームで酔うなんて…な…なぜおれがこんな目に!!
慣れていないせい、姿勢が悪い、モニターとの距離、普通に体調が悪い…ネットに転がっている色んな情報を試してみるものの、何度やっても5分が限界。これじゃあオプション付きのウルトラマンみたいなものだ。
ただ、正直この時点で僕はそれほどPCのゲームには魅力を感じていなかったのもあって、「なんでこんな無理してやらなければいけないんだ?」という思いがあった。だって普通に「ゲーム」をやりたいのなら今まで通りプレイステーションで十分じゃないか。勝手に影響されて勝手に無理してるのは僕なんだけど。
というわけもあって、ゲーミングPCはしばらく仕事用にWordを使うだけのものになっていた。一応分からない人用に解説すると、僕は中古の軽トラを買って、そのハンドルだけをもぎ取って口でブーブー言いながらドライブごっこをしていたという感じだ。もったいねー。
2.[JP]Tutorial world
「安藤さん、大丈夫ですか?」
ユーゴスラビアで知り合った若人が心配そうに気を遣ってくれた。
僕は今「[JP]Tutorial world」に来ている。ここはほぼ全編英語のVRChatにおいて日本人用に有志の方が作ってくれたヌクモリティに溢れた日本人用のVRChatのチュートリアルワールドだ。
そんな優しい世界で僕が一人苦しんでいる理由はもうお分かりかと思う。
そう、めちゃくちゃ酔ったのだ。
ユーゴスラビアでは大丈夫だったし、めちゃくちゃ酔ったあの時からそこそこ時間も経ったからもう酔わなくなったんだな!と勝手に思っていたけれど全然大丈夫じゃなかった。っていうか明らかに最近身体にガタがきているのに、そんな都合よく三半規管と自律神経だけが強化されるはずがない。最近は特に眼精疲労がひどいです。
実はYugoには自動運転システムがあって、後半はほとんどそれを利用して若人の恋バナに盛り上がっていたので、そんなに画面を見ていなかった。それに視点も三人称視点だった。
それに比べてVRChatは思いっきり一人称視点(むしろそれが売り)だ。若人の言われるがままチュートリアルを見ていると、懐かしいあの感覚が蘇ってきた。そう、5分経ったのだ。
「いや…うん…ちょっとだけ休ませて…」
さっきまでペラペラと恋のアドバイスをしていた年上の男がVRChatをやりたいと言い出したかと思うと、5分で酔って明らかに元気がなくなっているのを見て彼はどう思っただろうか。職場の空回りする先輩に付き合わされて残業してる後輩のような心持ちではないかと想像するだけで同情する。
先述した通り僕の身体は少し変なわけだが、そもそもとして体調がデフォルトで良くない、ということがある。そしてそんな僕が最も苦手とするのは体調不良になった時の自分の不快感よりも、それによって周りの空気が悪くなるあのなんともいえない気まずさだ。
「あの、喋らなければ多分…大丈夫…」
「マジっすか…?」
僕が若人に気を遣われているのを見て、ワールドにいた別の人が心配して声をかけてくれた。
「大丈夫ですか?」
まるで駅で具合が悪くなった人に優しい人が声をかけてくれた、みたいなことがバーチャルの世界で、そして僕の周りで起こっている。今考えるとこれってすごいことだと思う。
現実世界で起こる人と人との反応が、バーチャルの世界で当たり前のように起こっている。
すごい!でも願わくばこんなことじゃなくてもっと他のことで実感したかった。僕はバーチャルの世界に来てまで一体何をしているんだ。
「ちょっと酔ってしまったみたいで」
「あー最初は酔いますよね」
「やっぱり、皆さん、酔いましたか」
少しでも長めに話すとその勢いでゲ■が出そうだったので、たまにいる変なとこに読点を置く人の文章を音読するみたいになりながら話す。
「そうですねーVRは特に」
「デスクトップ、なんです」
「あー、それでもいますよ」
今までの僕ならもうここでVRChatは辞めていたと思う。
だけど、この「もう一つの世界」のような感覚が、リアルで人との関わりがめっきり減ってしまって薄っぺらくなってしまった僕にはすごく新鮮で、新しい扉のように見えていた。
「酔い止め飲んでやってる人結構いますよ」
「酔い止め、ですか」
「そうですね~。なんか今ってラムネ味の酔い止めとかあるらしいですよ」
「でも、とりあえず、もう少しだけ…」
その時、明らかに覇気のない声で言う僕に通りすがりのその人がかけてくれた言葉は今でもVRChatをしている時によく思い出す。
「このゲームは無理するゲームじゃないですよ」
次の日、僕は教えてもらった酔い止めを買いに薬局へ行った。そしてそれを飲んで、無事にチュートリアルを全て読み終わった。
酔い止めは確かにラムネの味がした。