健康長寿は表彰に値するのか - 東大阪市
上の絵は老婆を描いています。
もし健康であれば表彰をするし、もし要介護状態であれば表彰をしない。
そんな役所が大阪にあります。
ある大阪の市役所は、健康的に95歳を迎えた場合、その恵まれた身体を有する市民を表彰しています。
健康に留意しつつも、高齢になれば、脳梗塞など、本人の意向とは関係なく、病気になり介護される者は少なくありません。
しかし、そのような要介護者は、表彰を受けることはできません。
「健康の秘訣」という被表彰者のコメントを公開しているのですが、健康維持が本人の心がけ次第であるような印象を持たせようとしています。
役所がこのような事業を実施した背景には、それを支持する多くの市民がいるためだと想像されますが、本記事の読者の中には、この表彰が「変だぞ」と感じる御仁もいらっしゃると思います。
本記事では、「変だぞ」感を深堀りしていきます。
表彰事業
この表彰は、東大阪市役所が、令和3年(2021年)3月に策定した「東大阪市第9次高齢者保健福祉計画・東大阪市第8期介護保険事業計画」を根拠にしています。
この計画は、令和3年(2021年)度から令和5年(2023年)度までの3年を計画期間としています。
東大阪市第9次高齢者保健福祉計画
この計画書の第5章 高齢者保健福祉計画 基本目標3 高齢者の健康づくりと介護予防(130ページ)に「いきいき長寿表彰」に関する記載があります(下記引用参照)。
この「いきいき長寿表彰」は、前回の第8次計画にはありませんでした。今回の第9次計画で盛り込まれました。
本計画の策定にあたり、パブリックコメントは実施していない模様です。
いきいき長寿表彰
東大阪市は、2021年11月に、令和3年度のいきいき長寿表彰について公表しました。
令和3年度における、いきいき長寿表彰の対象者は、下記の要件をすべて満たす方です。
「要介護・要支援認定等を受けていない」及び「入院をしていない」という要件があるため、健康な者しか表彰の対象になりません。
この表彰の第1回目は、2020年12月19日に公表されました。そこでは、令和2年(2020年)9月1日時点で満95歳以上である者を対象に行っています。
2021年11月公表分(令和3年度分)は、第2回目になります。
表彰状の文面
私(この記事の筆者)は、この表彰のあり方に疑問を持ったので、意義を確認するため、情報公開請求で、表彰状のひな型を入手しました(下の写真参照)。
文言は次のとおりです。
変だぞ感 - 意見と回答
「変だぞ感」を持った私は、文書で東大阪市役所あて問い合わせました。そして、文書で回答を得ました。そのやり取りは下記のとおりです。
1.趣旨
2.「健康の秘訣」
「健康の秘訣」(2021年11月公表分)は次のとおりです。
●感想
民間企業が実施する娯楽イベントであれば、本人や視聴者を喜ばせるため、趣味や日課など暮らしの様子を紹介しても良いかもしれません。
健康長寿を真に願うのであれば、科学的合理的根拠がある事項を記載すべきです。
例えば、「健康の秘訣」として記された「出来る事はなるべく自分でしています」というのは、「健康であること」が原因になって、「自分でできる」という結果が生じる、とも解釈できます。
「健康の秘訣」と健康との、原因と結果の因果関係が不明確なので、掲載しても意味はありません。
公共機関は、合理的に考えて行動(公表)すべきです。
3.長寿社会における模範
●感想
被表彰者は、「長寿社会における模範」ということです。
質問への回答になっていません。
仮に、この回答が正当であるとした場合、「表彰というものは、本人の努力とは関係なく行われる」ということになってしまいます。また、「模範」という言葉の意味は、「自己の能力を超えた、マネのできない状態であるものの、それに近づくことが望ましいとされる目標」という意味になります。
貴族あれば、卑賎あり。
表彰を受けられる者がいれば、受けれない者もいます。
受けれない者は、模範ではない、ということです。
もちろん、市は、そのようなことを明言をしていません。
明言をせず、静かに、模範ではない意向を暗示するのです。
これが、スポーツのまちを標榜する東大阪市政なのです。
4.個人情報保護
●その後の勉強
個人情報保護に関する問合せをしたのですが、私としては、住民基本台帳システムから、被表彰候補者を抽出し、表彰要件の審査に使用したことを質したつもりでした。
個人情報保護は、公表することだけではなく、職員が閲覧・使用する行為にも適用されます。
住民基本台帳の目的を調べましたが、特定の事業に資するためという規定は見つかりませんでした。住民基本台帳法(昭和42年法律第81号)の(目的)第一条に「住民の居住関係の公証」が掲げられています。抽象的な規定ですが、これしか見当たりませんでした。
本表彰は、住民基本台帳を「住民の居住関係の公証」のため使用したのですから、個人情報保護違反はなく、合法であったと解釈できます。
5.中止を要請
●感想
この表彰事業は、公務として実施する価値はありません。
個人情報保護違反であるという私の指摘は誤っていました。
感想
(1)表彰が成立する要件
「いきいき長寿表彰」は、表彰とは何か、という議論を誘発します。
表彰とは、社会的に望ましい人物を、公共機関が顕彰する行為です。
重要な着眼点は、公共機関が実施する、ということです。
娯楽イベントや家庭内で個人的に実施する表彰であれば、自己満足であって良いため、議論からは除きます。
「表彰とは何か」「誰をどのような基準で表彰するのか」という議論は重要です。特定の人物を表彰することによって、政治的志向が決定するのです。
公共機関が実施する表彰には、
1.公平性
2.科学性
が求められます。
「いきいき長寿表彰」は、これらの要件を備えていません。
(2)科学性
要介護にならないよう気を配るのは誰でも同じです。
しかし、本人の意思・努力とは関係なく要介護になってしまうのが現状です。
健康になりたいと願い運動をした結果、その運動が原因で身体を壊す、というのはよくあります。
健康維持には、科学的医学的知見は必須なのです。
表彰で礼賛された者が「健康の秘訣」を公表すれば、それを見習おうとする一般市民が出てくることは十分想定されます。
しかしながら、被表彰者が記した「健康の秘訣」は原因と結果の因果関係が明確ではなく科学的ではありません。
運動をしているから健康だ、と言えるかもしれませんが、
健康だから運動ができる、とも言えます。
95歳の高齢者に対して、一概に、運動を勧めて良いのでしょうか?
東大阪市役所は、私の意見に対して何やら回答をしていますが、真摯に健康長寿を願うのであれば、常に、科学的医学的な健康維持のための情報を発信し続けるべきです。
東大阪市役所が公表している「健康の秘訣」は娯楽です。医学ではありません。
娯楽は民間事業者が提供すれば良いのです。
公費を費やしているのですから、科学的で有意義なコンテンツを提供すべきです。
(3)公平性
「いきいき長寿表彰」が公平でないことは、科学的医学的観点と社会的観点から言えます。
病気になることや、それが介護に及ぼす影響は、個々人によって様々です。
個人的な努力で介護を回避することはできないのですから表彰には馴染みません。
健康であり続けることには、経済力も重要です。
東大阪市が実施する表彰のあり方だと、本人の努力とは関係無く表彰する、ということです。それを露骨に見せた場合表彰のあり方が問われることになるため、「健康の秘訣」を公表することにより、本人が努力をしているかのような雰囲気を出しています。
身体的・経済的に恵まれた者が表彰されることになっており、被表彰者と彼らから政治的支援を受ける者を喜ばせることになります。
この表彰は、身体能力や経済力を優位とする身分制社会を正当化するものです。
(4)何のための専門職なのか
役所が立派な表紙の計画を策定したからといって、その内容が立派であることは無い、ということです。
介護業務関係では、資格制度が充実しており、専門的知見を有する介護関係職員がいるのかもしれませんが、「いきいき長寿表彰」が実施されている現状を鑑みると高齢者介護の専門家が存在しないかのようです。
何も声をあげない。
そんな専門職であって良いのでしょうか?
以上