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何者かになりたくて、人間ではなくなった。




いつも何者かになりたくて、それは誰かに認められたいという「承認欲求の渇き」だった。



21歳、モデルをはじめた頃の仕事の取り方はオーディションが主だった。経歴もない、光るモノがない私が何百人の中から選ばれてようやくCMや雑誌に出れたとしても、有名人の隣で一瞬映る役では身内で褒めてもらえるだけで世間からは見向きもされずに消費されていく。

当時インスタグラムのフォロワー80人
ほとんどが地元の友達だった。
東京に出てきて仕事がない日常を社会人一年目として頑張っている友達に見せるのが恥ずかしくて、自分から発信するということができなくなった。

オーディションで人気の指標としてSNSのフォロワー数を聞かれることもあったが、何者でもなかった私は価値のない人間だと思われるのが怖くてSNSはやっていませんと嘘をついていた。今の時代それは知ってもらう努力を放棄していますと宣言しているものだったけれど、その場を取り繕うのには何にもならない嘘をつくしか方法を知らなかった。




その頃の活動の目的は世間に自分を知ってもらいたい、有名になりたい。いいねも沢山もらいたい。何者かになりたいということだった。






2年前、急にスポットライトがあたった。


アンドロイドか人間かわからないものが展示されているらしいとTwitterで自分の動画が拡散されていた。
この時からアンドロイドの人として知っていただけるようになった。





インスタグラムのフォロワーも100倍以上増え
「好きです。応援しています」と言われるようになった。

何者かになれた瞬間。特に努力せずに降ってきたラッキー。
大げさだが【天性の才能】という言葉を使われたこともある。
今までの誰にも名前を覚えてもらえず、認められなかった世界がここから変わるのだと震えた。





アンドロイドをやりはじめて2年たった。





何者かには確実になれた。ただ人間ではない。

仕事のオファーもたまに来るようになったが、ニッチな市場だから未だにバイトをしないと食べていけない。東京でのワンルーム一人暮らしは孤独だ。



自分のことを今よりもっと世間も認めてくれるはず、華やかな仕事がきっとくるはず、個性を活かせる場が提供されるはず、なんせあれだけバズったのだから。

願望が叶うのを待って待って待って。。。
自分のいるべき所はここではないと思いながら手を差し伸べてもらえるのを待っていた。ずっと。




努力せずに得た「何者」かは、自分で動くということを妨害してみせた。
もともと「何者」かになりたいという目的だった。思いもよらぬ形とはいえそれを達成してしまったのだ。その先にあったのは停滞。ステイ。キープ
必死な姿みせたくなかった。



何者かになることはゴールではなくただの通過点だった。しかも厄介なことに、もっと世間から認めてもらいたいという欲求が倍々になる。でも自分足の動きは鈍くなる。反比例のグラフの弧を描く



今までは人に頼って、停滞している自分に言い訳をしていた。
けれど最近は好き勝手にやることに決めた。会いたい人に会うし、行きたい所に行く。

好き勝手にできるのもアンドロイドという武器のおかげだからこの武器を手放せないというジレンマはあるが(アンドロイドなんですけど一度お会いできませんかと営業のDM送ることがあります。)
自分で動くと楽しい。今までよりも今が一番楽しい。。。この心の変化にすごくびっくりしている自分がいる。




「何者」という枠に囚われることなく。上手につきあって

自分の価値観で
自分で選んで、自分で決めて、自分で動こう。
自分が面白いと思うことをしようと。



他人に認めてもらいたいではなく。自分を認めるために動く。
その先に自分を満足させるものがはたして在るのかないのか。アンサーは未来になって過去を振り返る時に結果として見えるものだと思うので今は見えないままでも能動的に動こうと思う。

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優しいね
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アンドロイドのお姉さん 仕事でアンドロイドをよくやってます。 書く文字は人間くさくいたいな。