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「劇場」をみて恥ずかしくなった。

アマゾンプライムで配信されている「劇場」を見た。それからすぐに原作も買いに行った。言葉にするとどんな風に書かれているのかが気になって仕方なかった。

又吉直樹さん著者の「劇場」はなんとも読みずらい小説で、主人公の永田の行動・言動のヤバさに読んでいるほうが赤面してしまって、3ページ毎に一旦本を閉じて天を仰いで呼吸をしなければ読みすすめられなかった。


「表現に携わる者は一人残らず自己顕示欲と自意識の塊やねん」というセリフがある。あぁ、その通りだなとおもって強くうなずいて、こんなに自分事のように感じてしまうのは私の物語でもあるからなんだと思った。

その証拠にちょっとフォロワーの多いクリエイティブ界隈の人たちがこぞって「劇場は俺の物語だと思った」と呟いていて、あまりにも皆が呟いていているものだから「夢を語る若者、共感の嵐」みたいなチープな宣伝にまんまと乗せられたように思えて、簡単に共感してしまった自分のその高すぎる自意識にまた赤面した。

永田が何にもしていないのに1日の終わりに疲れたふりをするところとか、関係者が集まる飲み会で薄ら笑いを浮かべて馴染もうとするけど端っこにいるだけの人になってしまう所とかまんま過去の自分だった。いや、今でもそうだからたちが悪い。

永田のいちいち痛い所も胸を苦しくさせたけれど、ヒロインの沙希ちゃんも私をイラつかせた。永田に酷いことをされても笑っていて、家賃を払ってくれない事も強く言えない。昔の私を見てるようで勝手に沙希ちゃんに重ねて「ちゃんと怒れよ!」と代わりに怒りながら見ていた。

私が上京したての頃、誰も私の事を知らない東京で唯一見つけてくれたのは当時付き合っていた彼氏だけだった。彼に嫌われたら、振られたら東京にいる意味が無くなってしまうと本気で思っていて、夜中2時に呼び出されても急いで化粧をして行ったし、待ち合わせに2時間遅刻されても「忙しかったんだね」と労わった。ホテル集合ホテル解散の日もあった。友達に話すと「最低な男、別れた方がいいよ」といつも言われたけど、人が多すぎる東京を生きていくには手を握ってくれる彼が必要不可欠な存在だった。


劇中では沙希と永田が出会ってから7年の年月が経過する。20代の7年は仕事や結婚など変化が多くて、人生の中でもかなり大切な時間だと思う。でも2人の関係は変わらない。壊れないように、幸せと思い込んで。ダメになることを気付いていたんだろうけど今までの時間すべてを無駄だったと切り捨ててしまうのはあまりに残酷すぎるから気づかないよう鈍感を演じているように思えた。


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小説も映画も中だるみというか、だらだら続く日常にだれてしまう所がある。残りの時間、残ページを確認して逆算して妥当な終わりを想像するけれど、停滞した生活に安心していた自分と重ねて、見ながら読みながらもう少しこのまま続いてくれよという願いをこめた矛盾した気持ちになった。


私は沙希ちゃんでもあり永田でもあるように思えた。だからこんなに苦しくて恥ずかしくて見ていられなくて、でも目をそらしてはダメな気がしたのだ。


そして、どうしようもない東京に対するコンプレックスと向き合うことになった。私は今年の5月くらいまでは東京にいた。

下北沢のヴィレッジヴァンガードや商店街、舞台の場所は細部までわかるのに今はなんですぐに行ける距離にいないんだ。無駄にショックを受けた。

ちょっと前のドラマで「東京は夢を叶える為の場所じゃないよ。東京は夢が叶わなかった事に気付かずに居られる場所だよ。」というセリフがあった。

地元に帰ってきてから分かったけれど、今まで夢を免罪符にして向き合ってこなかった現実は残酷で、自己顕示欲を持つことに対しての罪悪感が常に背中に張り付く。自分の不遇や夢を語れる仲間もいない。日常のスピードが速くてついていけなくなる。

東京を離れてから現実に向き合おうと思ってみたけれど息苦しくて、折り合いなんてまだつけれなくて。夢が叶わないことに納得いっていなくて結局私はあの場所でしか生きられないんだと痛いほど感じてしまった。夜中の3時に東京の物件サイトを見てしまうほどにほんとどうしようもない人間なんだ。


この「劇場」という作品は痛くて仕方がないけれど恥ずかしさを覚えれる人間でいれてよかったと思う。東京の狭い家で腐ってもがいて、やりきれなさを抱えて生活していてよかったと思う。永田と沙希ちゃんの物語を「退屈な物語」と切り捨てるようなつまらない人生を送らなくてよかったと心から思う。


小説と映画とではラストがすこし異なるけれど、永田と沙希ちゃん2人で台本を読むシーンは変わらずにあって、脚本が売れてお金持ちになって、2人で贅沢して、全部夢の事なんだけど、叶わない確率が高い夢なんだけど、終わってしまったのにまだ夢を見続ける姿に途方もなく心を動かされてしまう。かっこつけて夢を語るかっこ悪い人間を心底愛おしく思えてしまう。

きっと「劇場」の登場人物達は今でも下北沢にたくさんいて誰からも認められないような生活を送っているのかもしれないが、今の私にとってその痛いところですら羨ましい。




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SAORI

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アンドロイドのお姉さん 仕事でアンドロイドをよくやってます。 書く文字は人間くさくいたいな。