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ゲロ発言の補足

街のゲロの一件で、二つ気付いたことがあって、

一つは 「 何か突き破ったな 」ということと、

もう一つは 「すべき、〜だ、」のビジネス書的言い方は詩には相応しくないということ。だ。…あ。

まず一つ目の突き破ったものっていうのは
「ゲロ発言」
私はそんなこと口でなら言えない。
生理的な汚い言葉を言うのが、相手に自分がしているのを想像させるんじゃないかと思って、また言葉にした瞬間にお互いの頭にポワンポワンとゲロのそれを想像させてしまうのが「うぇぇ」ってなってしまう。

私は下ネタは愚か、おならとかうんちとかの生理的現象も、言えない。おっぱいとか言えない。(今使いまくってるけどいちいち立ち止まって勇気を出してる)文字に起こすのすら、ぞわぞわする恥ずかしさがこみ上げる。
ただのひらがなの羅列なのに、
まるでそれが口から出てくるかのような口に残る汚さがあって、熱を帯びた恥ずかしさがある。
ただのひらがなの羅列なのに、なぁ。

その上で私の発言は勇気ある発言と我ながら思う。
よく言いました。
あー、恥ずかしかったね、うんうん。

だけど溜まってたものを出せた清々しさがあって、
(あ、別にそういう意味じゃ…)

一つ階段を登ったような、膜を破った感がある。
(あ、別にこれもそういう意味じゃ…)

つまり、これはゲロ発言に関わらず、
言っちゃいけないことを言う脱皮感の気持ちよさを説く話となっています。

成長って
「努力で積み重ねた末に力になっていくもの」
を指すより
「一瞬の勇気による脱皮」
を指すんじゃないかなぁ。
チマチマやるより、バサっ、と羽で風を起こして地面から足が離れる一瞬の方が成長になるんじゃないかな、と。🦅

私は「ゲロ」発言にてバサッと今の段階から足を離せたんじゃないかと思ったわけです。


そして二つ目、

ーすべき、ーだ。による断定の上から感

人の会話、およびこのnoteでも「これをすべき」「これをするのはよくないよね」っていう会話がよーく聞こえてくるけど、

あくまで主語に「私は」をつけないと、窮屈というか、あんた誰、というか。

詩を書くと「世界は」「人は」と壮大なまとめ話をしたくなるが

もっと「私は」にスポットライトを当てようと思った。

いち人間が思ったに過ぎないことを他の人にも強要するのは

その行為が正しくなければ発言もまた大したものではないような気がします。

私がそう思っただけです。

昼ごはんの日清の焼きそばがジャンキーなこと限りなしで

堕落感込みで味わい酔いしれてるんだなぁと

私って案外普通だなって思っただけです。


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【詞と詩】にて作詞と詩を混ぜた、解説型エッセイを発信。親の過保護と娘の反抗を描いた「門限女子」連載中。あ、19歳です。
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