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街のゲロを無邪気に笑ってね。

大人とは。子供とは。夢とは。

駐車場を私は雲の上だと思う。

こもった灰色であることはもちろん
夢は現実の賜物だって、身に染み込んだ手順で手をかけて、扉を開けて、座った運転席で悟る。

「大人になった」とは感じるもので、
きっと事実じゃない。年齢ではない。

少しずつ凍るように、心の影が薄くなるように、
大人になるとはただの心の変化で
子どもであった私は居るし、他人の気もしない。
ただ少しずつ閉めていくものだと思う。

しかし、閉じそうな扉を両手で抑える人がいる。
閉まりきらない想いに再熱する人がいる。

映画館で独り、ジャンプの落ちこぼれ少年のドリーム的展開ムービーを観ているおじさんを見ると、
扉で葛藤してるのがわかる。大人になれてないよと煽ってやりたい。きっと照れながら「うるせぇ」って言ってくるかな。
ここはまだ閉め切った人なんていないのかもしれない。

知らない街の、知らない車の、数。
海を渡ろうとしなくったって、
留学を夢みなくたって、
世界は寄り道の電車の窓の外にあるのかもしれない。
知らない人が生きているということが
究極の不思議だ。究極の広さだ。

帰宅ラッシュの過ぎた時間の建設中のビルの灯り。
あれを私は苦労と呼んでいいと思うし、

ゴルフ場の明るさと模型みたいな人型を
私は大人と呼んでいいと思う。

君が知るべきは、ハリウッドやエッフェル塔の壮大さではなく、「実はいたよ」ぐらいの謙虚さで転がってる生き方のパターンだ。
乗る人を想像させる車の数だ。

子どもの特権は夢を見れることだと思う。
観覧者で良いし、妄想でいくらでも出演できる。
しかし妄想であることが焦ったく。

大人の特権は夢に触れれることだと思う。
舞台裏の幕が上がる作りを知るという代償の代わりに、舞台に立てる。
しかし選出式で追い出されることが冷たく。

夢を見て、語るのは子どもが。
現実にできるのは大人が。

それを1人でやる。
見た夢のバトンタッチを喜んで、今は私がやる。

だから、大人になっても、子どもであってね。

街のゲロを無邪気に笑ってね。

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【詞と詩】にて作詞と詩を混ぜた、解説型エッセイを発信。親の過保護と娘の反抗を描いた「門限女子」連載中。あ、19歳です。
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