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外科医が起業するときー医療の未来をAIが変える

外科医療を革新することを目指し、2020年7月に設立されたAnaut。
Anautは外科医の知識を人工知能に学習させ、手術中の人体構造を認識する新たな技術を用いて「人体の地図」を作成する。
ゼロから始まった技術開発と、Anaut立ち上げの経緯を、現役の外科医でもある代表の小林直氏に聞いた。

第1回 画像

外科医として、新たなことに挑戦したいという思い

 大学医学部を卒業後、外科医としての研修時代から8年半にわたって東京の虎の門病院でお世話になりました。研修医とはいっても、開腹された患者さんの前に初めて立つ衝撃は一般の人の感覚と変わりません。そこから一人前の外科医になるためには10年かかると言われています。
 虎の門病院では、手術を主導する〈術者〉として、複数人をまとめながら主体的に手術を行えるようになるまでを鍛え上げられました。手術件数も多く、同僚たちとの間の切磋琢磨によって自分を高めることに集中した8年半でした。
 外科医の仕事は、手術することだけではありません。ガン患者さんであれば、手術の際のリスク、体力や身体機能に応じた対応に目配りをしながら、術後5年間、再発がないか定期的な検査をおこないつつ見守る、長期的かつ全人的な医療が求められます。実は外科医のチームは、「相性」で組み立てられている側面も大きく、その意味では、長年勤めた病院やチームメンバー、また長期的な関係となる患者さん達から離れて転院することすら珍しいとも言えるのです。
 外科医は生涯にわたり技術を磨く必要があり、プロフェッショナルとして外科医の道を究めるという選択肢は当然ありました。一方で、自分にしかできないことは何か考えたとき、虎の門病院での経験を生かし外科医療の発展に貢献できるような仕事をしたいと思うようになりました。

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小林 直(こばやし・なお)
1982年北海道・札幌市生まれ。2009年横浜市立大学医学部卒業。東京・虎の門病院で8年半にわたり外科医としての経験を積んだ後、2年にわたる基礎技術の開発を経て、2020年7月にアナウト株式会社を設立。AI技術による外科医療の発展に尽している。

AIに注目したきっかけ

 虎の門病院に勤務していた2016年頃、AIによるがん診断支援(Watson for Oncology)や、「アルファ碁」がプロ囲碁棋士に勝利するといったAI技術の進展を耳にするようになりました。直感的に、診断領域でビッグデータを活用したAIが医師の能力を一部上回る可能性に驚きつつ、外科領域でも人間を支援するAIが活用される未来がくることを感じました。
 腹腔鏡手術を多く行ってきた外科医として、モニターに映る患者の臓器が正確に認識されることで手術がより安全になる可能性を感じました。

人体の地図

 現在Anautが作成している人体の地図(Precision mapping)の一つのモデルは、人間の体内を正確に視覚化しようとするものです。
 しかしAIについての知識や外科領域での前例もなく、当時は現在のような形でビジネスに発展させることなど考えられませんでした。まずは挑戦してみようという気概で臨んでいました。

AI技術と医療の出会い

 そんなときに、知人の紹介を介して〈画像セグメンテーション〉の第一人者である北村尚紀氏(株式会社インキュビット)に知り合いました。実は札幌の同じ高校に通っていて地元も近いことも後にわかり、医療分野への進出を目指していた北村氏とはすぐに意気投合しました。
 2年間、互いの得意分野の知識と技術を存分に発揮する研究開発のプロセスが始まりました。夜間や休日を費やして集中して教師データの取り込みと学習を行い、精度を高めるという、時間のかかる作業に取り組みました。
 開発2年目には精度に少しずつ手ごたえを感じ始めましたが、手術支援が可能なレベル、エキスパート外科医が驚くレベルには達しません。ある部位のデータ学習が一段落したことで停滞状態が続きました。結果的にブレークスルーをもたらしたのは、その部位がダメならと別の部位の学習を数カ月行ったことでした。 

 詳細は申し上げられませんが別の部位を学習させたノウハウを応用することで、その部位特有の多様な変化に対して高い精度をもって認識させる方法が生まれました。エキスパート外科医がもつ高い技術の一部を可視化することに成功したと言ってもよいほど素晴らしい結果です。

手術による合併症を減らしたい

 私たちが手術の世界で目指している大きな目標のひとつが、合併症を減らすことです。合併症には、1週間食事が取れないといったものから、再手術が必要となるもの、最悪の場合には命を落とすケースもあります。さまざまな原因が考えられるのですが、術中の〈誤認識〉を減らすことで避けられる可能性のある合併症もあります。

 医療ミスとは異なり、誤認識とは術中の一手一手に起こりうる可能性のあるものです。日本は他の先進諸国と比較しても合併症率において非常に低い水準にあります。これをゼロに近づける、さらに日本の手術技術を世界に届けるソフトウェアを開発したいと考えています。
 外科医療における革新とは、けっして劇的、飛躍的と言い切れる類のものではありません。しかし、少しだけ、一歩だけの前進が、150年間の外科医療の進歩を導いてきました。Anautの技術が、そうした一歩であることには間違いありません。

Anaut立ち上げへ

 開発2年目の2019年からは、ともに開発を進めるビジネスパートナーにも加わってもらいました。研究データの精度を上げることと、事業化のための戦略作りのため、実際に会社が立ち上がるまでにはさらに1年ほどの月日が経ちました。Anautは2020年7月に立ち上げられたばかりの会社です。
 Anautの会社ロゴには、伝統学問としての外科を引き継ぐ安定感と、その中で第一人者として最先端の事業を牽引していきたいという思いが込められています。

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 また、社名であるAnautには、Anatomy(解剖学)とNaut(旅する者)という意味が込められています。人間の体が占める空間は小さなものですが、その中には小宇宙が広がっています。腹腔鏡により拡大視された体には無限に〈見る〉ものがあるのです。あたかも、宇宙を(Astro)旅する者=Astronaut(宇宙飛行士)や、大気を(Aero)旅する者=Aeronaut(気球乗り)のように、つねに先端を旅するものでありたいと思います。

*現在Anautでは、AIエンジニアの方、画像系エンジニアの方を中心とした採用活動中です。詳細は以下のHPをご覧ください。