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映画『逆光』の感想。

若き才能が走り始めたような映画。
尾道の夏の日差しと蝉の鳴き声と、切ない恋心はそれだけで美しさ。

実は他の文学作品でも例えられる事がある尾道。
『東京の反対の場所』としてよく登場する場所だ。

私は尾道の近くに実家があったので、よく足を運んでいたから、尾道の風景で懐かしくなろうと思ったのがきっかけでこの映画を見る事にした。


※以下ネタバレ注意※


人物の感想。

私は最初のシーンから、晃が先輩を片想いしているのだなぁと思った。
素知らぬふりをしてロープウェイの先を見る先輩と、それを憧れるように見つめるのは片想いの関係を如実に表している様。
広くもなく、狭くもないあの場所で2人だけでいる空間はさぞかし楽しみだったのだろうと。
千光寺や展望台では嬉しそうに晃は先輩を連れまわしていた。
喜んで欲しいという気持ちがひしひしと伝わってくるのに、先輩はぶっきらぼうに見えた。
先輩はその厚意に甘えて、わざと何も言わない振りをしているようだった。
「この好意に答える事は出来ない。」と自分に言い聞かせている様にも見えた。
何故なら何度も視線を逸らすから。

微妙な距離感を保ち続ける関係に何か変化が欲しいと、思い出が欲しいと晃が誘ったのだろうと思う。

晃は先輩の事で頭がいっぱいだったから、文江が面倒だと思ったのだろう。
久し振りに帰省した先の田舎のノリと、今の自分の状況との差に対応するだけの余裕がなかったのだ。
その後、やる事がないこの田舎の部屋で、暇つぶしに文江を呼ぶという晃の身勝手さも、本当に先輩の事しか考えていない事が分かる。
一途のようで、ただ恋に恋しているような気がする。

文江は冷静だ。
晃が先輩を好きなのだろうというのを感じ、更に先輩は勝手に色々やってくれるし、好意を持たれている事を分かっていて、あんなぶっきらぼうなのだよと言ってくれる。
思っているよりいい人じゃないよ。
しかし、恋に恋している晃は勿論冷静に振り返るなどないし、そもそも恋をしたのがまだ浅いのか、あまり先輩の事を知らないようだった。
何故なら、晃は執拗に先輩がどう思っているか、どうしたら楽しんでくれるだろうかと、いつまでも覗き込んでいる。
つまり、本当の先輩の姿を知らないのだった。

同じ幼馴染のみーこは自由奔放で、特に何か隠そうなど、取り繕うという気もない少女だった。
彼女はただ思う儘に生きている人物で、特に理由がなかった。
だからこそ、何故か知らないうちに疎まれたり、逆にとことん好まれたりするような人物だと思った。
そんな自然体で何のしがらみもなく、ただ尾道の瀬戸内気候と共にあった伸び伸びとした性格は、恐らく、先輩から見ると、自分の憧れた存在の様に見えたに違いない。
先輩はいつも真意を悟られまいと隠してしまい、見栄を張るような性格だから、素直に生きている彼女は魅力的に見えただろう。
ただ高いプライドが、田舎者の女の子との関係の先の事は考えられなかっただけで。

晃は失恋した。
先輩との一辺の思い出だけ作って。
結局は身勝手な先輩が、身勝手に行動しただけなのだが。
晃は泣きながら切なさを三島由紀夫で表現したが、その言葉によって、先輩の正体が見抜けて無かった事がわかる。

その表現では、ただ自分が同性を好きになった事の辛さを説いているが、
本当は誰も大切に出来ない愛情の欠けた、プライドの高い人に恋をしてしまった事が問題だったのだから。
しかも相手の気持ちを考えている風で、本当は自分勝手で、自分の都合の良いように振る舞っている。
晃は自分を大切にしてくれる人に巡り会うべきだった。
本当にそれだけだった。

だから晃は本当はもっといい恋が出来るはずだと思う。
『私の存在を認めて下さい』と尽くし続けるのではなく、彼を大切にしてくれる人を探すべきだろう。


構成についての感想。

最初から最後まで美しい映像だった。
夏の尾道にも行った事があるけども、それは鮮やかに切り取られていた。
音響はギターが一弦一弦の音を主張する、シンプルな音。
ロングトーンで様々な心情を演出した。
映像は色のメリハリがよく映えていた。
70年代を意識していると言っても、現代の流行が70年代なので、古くも新しくも見えた。

ストリッパーの突然の性欲表現はその時代のカオスさを表現したかったのか、そもそも内に秘めた表現したかった何かなのか。

口論の場でみーこだけ自分の状況の話をしていた。
そして当然の様に話を聞かない輩に怒りがこみ上げて去っていった。
当時はまだ戦後復興し間もなくだろうから、身内がたくさん亡くなった事は衝撃的なことだったろう。
まだ彼女はそれを消化出来ていなかったのだ。
ただ、それを思いやる人も誰もいなかった。
しかし、戦争はしない方がいいというのは意見としては一致していて、ただ、それでこちらが標的にならない為にや、自分を守る為にどうすべきかの議論をしていたから、みーこの言いたい平和への意志は結局みな共通だったのだ。
ただ、みーこには全て否定されたように思えた。
そう思った。

三島由紀夫は有名な男色家の作家で、割と過激な文学であるから、物足りなさを補うのには持って来いだったに違いない。
先輩はおもむろに丸山真男を読み始めるのだけど、きっと政治討論で興味が湧いたのだろうと思った。
いや、読みかけの三島由紀夫を読むべきだと思ったのだけど…。そういう所も最早先輩らしい。

晃の動きはまるで女形の様だった。
じっと見つめるしぐさや、足の折り方、一歩後ろを歩く所、細部まで気を張っているのが見て取れるようだった。
それは先輩に好意を持って欲しい気持ちなのだろう。
声音も先輩の前では優しく諭すようだった。
これを見た時、きっと彼の初恋なのだろうと思った。

最後に。

この映画は最初から最後まで映像美に魅せられ、尾道の空気に戻され、瀬戸内の澄み切った海と、色彩と、儚い恋と心情が交差する良い映画です。
いい意味で分からないシーンが無かったと思います。
是非見て欲しい作品です。

須藤蓮さん、中崎敏さん、三村和敬さん

2022.1.5 渋谷ユーロスペースにて。 舞台挨拶。


こんな場所で出会えたご縁に感謝します。貴方に幸せの雨が降り注ぎますように。