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4文小説

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起承転結・4つの文で小説を書いてみる夢
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記事一覧

4文小説 Vol.39

4文小説 Vol.39

彼岸を過ぎても寒かった今月、屋外の仕事のため上司が持たせてくれたカイロには助けられたが、この温もりのもとで過ごすのもあと数日間となった。

いかに閑職とはいえ、15年ものあいだ関わってきたことを引き継ぐとなると一苦労で、週末も仕事を持ち帰って4時起きを決行した日もあるが、「帰りが9時、10時になるのはザラですね」とあっさり伝えられる転出先での新生活が来週に迫っては、これも準備運動と言い聞かせるしか

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4文小説 Vol.38

4文小説 Vol.38

いまだ母の手づくり弁当を食べているだけで気恥ずかしいところ、その日はいつにも増して人目が気になる内容だった。

還暦目前のお別れから20年が過ぎて、生きていれば傘寿の節目。

帰宅後、霊前に供されているのを見て、尾崎豊が「Forget me not」で唄ったのは薄紫の小さな花だと知った。

鯛と赤飯に、祀られている仏壇と同じ名の忘れな草、母にとって父はいまも亡き人ではない。

―亡父・生誕80年

4文小説 Vol.37

4文小説 Vol.37

六甲道から摩耶まで線路沿いに直進していたら、都賀川をまたぐ橋が現れ少しばかり迂回することになったものの、足取りはいつになく軽い。

間食は、断ったとまでは言えないがかなり減らし、通勤は、なるべく行き帰りのどちらか小一時間あまりを歩くようにした。

その程度でどれほど効果があるか、半信半疑だったところ望外の結果を受け、定期区間だというのにその日も歩いてみたくなった。

寄り道して買ったのは「幸福堂」

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4文小説 vol.36

4文小説 vol.36

西神中央まで来たのもいつ以来だろうか、改札の正面にある時計は閉店した「そごう」時代のままだ。

食事前に済ませておこうと連絡通路へ出て、20年前の今日を過ごした建物の方向へ手を合わせる。

互いが乗り越えてきた年月を労う忘年会、直後に入った店では、予約もしなかったのに半個室のような席へ通してもらい、「お父さんが応えてくれたんやわ」と二人で喜んだ。

「次の20年は、もう生き死にの瀬戸際やな」帰りの

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4文小説 Vol.35

4文小説 Vol.35

「いよいよですね。もう、決まりでしょ」職場のデスクに並べたエンブレムとグッズに気付いてくれた出入り業者の方から、好意的に話題を向けられた。

「いや、まだわかりませんよ、まだ心配ですよ」と返したのは、謙遜でもなんでもない。

宿願、積年の夢に手が届きそうなところへきたというのに、期待と不安が相半ばした心持ちは晴れず、もはや仕事どころではなく明日は年休を取得することにした。

叶うのか否か―来週ある

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4文小説 Vol.34

4文小説 Vol.34

ベッドに横たわると、ぬるりとした感触を伴いゼリーが首すじを這う。

甲状腺には腫瘍、肝臓には脂肪、四十路に入った身体が抱える複数の問題は亡き父や叔母と共通していて、妙なところで血は争えないものだと痛感する。

人事考課の季節、例によって一年間の成果の乏しさを痛感させられても、週末に近所を散歩すれば秋空に山や雲が映える。

果物が天敵とか、少量のアルコールはかえって良薬になるとか、巷に溢れる情報には

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4文小説 Vol.33

4文小説 Vol.33

久々にありつけた「仙太郎」のおはぎ、むかし親戚一同が集ったとき、大盤振る舞いしてくれたのは祖母だった。

紫蘇入りで塩気を帯びた上品な甘みは、酒も煙草も嗜んでいたのに、あんこにも目が無かった祖父を思い出す。

二人の昇った空を見上げ、薄い雲の切れ間から見え隠れするほの白い光に、もう一人が偲ばれる。

お父さん、今年も、あなたのいない20回目の秋が来ます。

―仏間で月見

4文小説 Vol.32

4文小説 Vol.32

「迎えるも送るも無いねんけど」と呟きながら、提灯の灯りを消し、茄子も胡瓜もホオズキも片付けた。

世の行楽シーズンをしめやかに過ごすようになって20年目、もうじき、母と2人きりで重ねた歳月が3人で暮らした時間を追い越してしまう。

人間より四季を知っているのか、8月も下旬になると蝉の声は小さくなり、赤とんぼが飛び交うようになった。

食事のたび仏壇のお供えを入れ替え、雨が降り始めたら急いで部屋の窓

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4文小説 Vol.31

4文小説 Vol.31

関西での開催、しかも金曜日、日帰り圏内とはいえ年休取得で万全を期すには十分な条件が揃った。

セレッソ大阪がパリ・サンジェルマンを迎えた親善試合は、陸上トラックに隔てられ屋根が無いゴール裏の座席でも1万円、割に合わないのは承知で少しでも満喫しようとキックオフまで2時間も余らせて入場し、阪神百貨店名物のいか焼きを頬張ってみたが、快適なのは束の間だった。

混み合ってくると、端の席にかけた者の務めとし

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4文小説 Vol.30

4文小説 Vol.30

目を閉じて、手を合わせて、お経を唱えて、19年と半年にわたり続けてきたその時間に、何かしらの意味や価値はあるのだろうか。

今日の須磨寺は薄曇り、四季の移ろいを教えてくれる境内には淡い紫色の花が点在していて、名をアガパンサスというらしい。

情報セキュリティマネジメントを学べ、TOEICで800点以上を取れ、常に意味を求め絶えず価値を高めることが要請される世の中で、私は応えられるものを持ち合わせて

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4文小説 Vol.29

4文小説 Vol.29

出来損ないの独り息子には、いくつになってもきょうだいの不在が思いやられるときがあって、先日のそれは祖母の位牌が祀られたお寺の女性との会話だった。

「あら、息子さん独身なの?お母さん、35歳の子でも良かったら紹介できるよ」男でも女でも、誰かもうひとり子どもがいて、母に孫ができていたなら、さっき初めて会ったばかりの人から余計なお世話を焼かれ、二人して気分を害することもなかったろうに。

浮かない心持

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4文小説 Vol.28

4文小説 Vol.28

「4月の夜はまだ少し肌寒いね」あいみょんが「桜の降る夜は」を発表してまだ2年あまりだというのに、開花は目に見えて早くなり、いまや3月の花になってしまった感もある。

「悲しいくらいに雨が強くて」半生と似るのか予報が的中し、屋根を叩く大きな雨音で目覚めた誕生日の朝、高校時代は好きだったゆずの「以上」を思い出した。

「わからないことだらけでもホントのことだけ探していこう」おこがましいのは承知でも、槇

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4文小説 Vol.27

4文小説 Vol.27

綱敷天満宮の上空は曇り空、雨の予報のなか、なんとか持ち堪えてくれた。

わが家でお祀りするのが最後になった前夜、御霊に手をかけてみたら、母の夢に出てきて「ただいま」と言ってくれたらしい。

最期の時間がコロナ禍と重なり、施設の部屋に入ることができず毎月の面会はガラスに隔てられ、病院で息を引き取る瞬間も独りにしてしまった。

いろいろ申し訳なかったけれど、新しい部屋でお祀りした一年間に満足してもらえ

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4文小説 Vol.26

4文小説 Vol.26

そうか、中央部に人差し指を添えれば安定するのか。

好物のジャガイモを捌くのは思いのほか難しい、不慣れな包丁を手に、そんな生活の基礎知識を四十も目前にして学ぶ。

いつまでも依存したままではいられないと目が覚めて、月に一度くらいはキッチンに並んで立つことにした。

先月のカレーに続いて今月は鍋、あと一年で母も後期高齢者だが、習いたいことはまだたくさんあるから、この時間がどうか末永く続きますように。

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