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述語と属性、存在するものの四分類〈アリストテレス『カテゴリー論』第2章〉

この回では、あるものが述語であるか否か、属性であるか否かによって四つに分類されるとするアリストテレスの議論を見ていく。

まず、述語についてだが、ものごとには述語になれるものとなれないものがある。「動物」は「人間は動物である」といった仕方で述語になれるが、「ソクラテス」や「東京タワー」といった特定の個人や個物は述語になれない、という具合にだ。いやいや、「プラトンの師匠はソクラテスである」というふうに「ソクラテス」も述語になれるのでは?と考えられそうだが、これは一旦措いて、物事には述語になれるものと述語になれないものがあるとひとまず飲み込みたい。そして今後、この述語になれないものを個別的なもの、この述語になれるものを普遍的なものと呼びたい。

普遍的なものには類と種の階層関係がある。先程例に挙げた「動物」を類とすれば、「人間」や「馬」はその種と言える、というふうに。また、類と種は固定的なものではなく、相対的なものでしかない。つまり「人間」という種に対しては「動物」は類だが、「生物」というより上位の類に対しては「動物」はその一種である、と言えるということだ。
ちなみに、個別的なものはこうした類と種の階層関係に位置づけることはできない。この理由については上手く説明できそうにないので省く。

次に、属性についてだが、物事には属性であるものとそうでないものがある。属性であるものとは、例えば「動物」(厳密には一部の「動物」)の属性なら「陸に棲む」こと、「人間」(全ての「人間」)の属性なら「理性を有つ」ことなどを言う。これらの属性は、「動物」や「人間」が居なくなった途端自らも姿を消すという点で共通する。つまり自らがその内にあるところのそれに依存して存在するもの、或いはそれから独立には存在できないものを「属と呼ぶ。
翻って属性でないものだが、これは、属性であるものとは真逆に、何ものにも依存せず単独に存在できるものを言う。先程の「人間」や「動物」がそうだ。「人間」が技術の進歩で「水中に棲む」ようになっても(現状、「陸に棲む」ことは「人間」の一属性だ)、「人間」には「仕事をする」という属性があるとして、コロナ禍で或る「人間」がその属性を失ったとしても、その「人間」が「人間」であることや「動物」であることまでをやめることはできない。この、自らの一属性を失ったとしても、失われることのない「人間」や「動物」が属性でないもの、つまり属性から独立に存在できるものであり、アリストテレスはそれらを指して「実体」と言う。

以上、出揃った四つを並べておく。

個別的なもの:
述語になれないもの
ex.ソクラテス、東京タワー

普遍的なもの:
述語になれるもの
ex.人間、動物

実体:
属性から独立して存在できるもの
ex.人間、動物

属性:
実体から独立して存在できないもの(実体に依存して存在するもの)
ex.陸に棲むこと、仕事すること


ここで気付くのが、「人間」と「動物」を見れば分かる通り、それらは普遍的なものでもあり実体でもある、ということだ。ここまで、物事には二つある、という仕方で二度話をしたので、2×2=4通りの物事の分類ができることになるはずだ。
つまり物事には、

1.個別かつ実体であるもの
2.普遍かつ実体であるもの
3.個別かつ属性であるもの
4.普遍かつ属性であるもの

の四つの分類が施せるということだ。
アリストテレスはこのように分類した後で、1.と2.に該当するものをそれぞれ第一実体、第二実体とした。「ソクラテスは人間である」の「ソクラテス」は第一実体であり、「人間は陸に棲む」の「人間」は第二実体だ。

3.と4.については、三段論法で考えてみたい。

J.人間は死ぬ
N.ソクラテスは人間である
C.ソクラテスは死ぬ

※J: major premise=大命題、N: minor premise=小命題、C: conclusion=結論

まず大命題から見ていこう。この命題において「人間」という第二実体は「死ぬ」という属性と結びつけられるが、この場合の「死ぬ」は、「ソクラテス」といった特定の個人の死ではなく、人間一般の死ぬことを指す、つまり普遍的な属性と言える。一方、結論においては「ソクラテス」と「死ぬ」が結びつけられるが、この場合の「死ぬ」は、ソクラテスという特定の個人の死を指す、つまり個別的な属性と言える。
個人の死はその人が死ぬのを観測するまでは確実とは言えない。これは、普遍的なものを個別的な事例に適用できるかどうか、という知識のあり方の問題とも関わるようにも思える。
この三段論法は一見何も新しい知識を与えないように見えるが、普遍的なものを個別的な事例に適用した、という意味で、(ソクラテスが存命の時点では)一種の未来予測に値し新しい知識を与えているという見方もできる。

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