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スパイシーな加齢臭

先日、誰かがどこかに「婚活パーティに行ってやっと話の合う人がいたが、匂いがダメだった」と書き込んでいるのを見かけた。やはり匂いが気になると生理的に無理ということらしい。

でも、そんなことを言いながらも「匂い」という漢字を使っていたところに、その方の優しさを感じたのである。ご存知の通り「におい」を漢字にする時には「臭い」という選択肢もある。しかし、こっちを使っちゃうと、完全に「もうだめ感」が出てしまうと思うのである。なんなら、こっちの漢字の方は「くさい」とも読む訳だし。

そんな、社会生活の中で様々な役割を担っている「ニオイ」。フェロモンから加齢臭まで様々な匂いがある。しかしながら自分では中々気がつかないものの一つなので、身につまされる話でもある。

「加齢臭」という言葉を初めて聞いたのはいつ頃だろうか。子供の頃、「老人のカレー臭」などとテレビで言っているのを聞いて最初は「なんで高齢者からそんなスパイシーな香りが!?」などと思ったのを覚えているが、そのうちにこの言葉も市民権を得て、いつしか皆が普通に使うようになった。ちなみにこの加齢臭、高齢になると増えるノネナールという物質が主要因とのことである。

***

ある日、混んだ電車の中でつり皮につかまってスマホの画面でニュースを見ていた時の事である。どうも右後方から誰かにのぞかれている感じがするのである。と言うのも、右の後ろの方からの空気の流れに乗って、す~っと加齢臭が漂ってきたのである。

俺はその姿勢のまま、頭の中で
(そうか、おじちゃん。あなたもこの記事に興味があるんですね。でも、気持ちは判るけど自分のスマホで見てくれよな ... )
などと思いながら、しばらくは気がつかないフリをしてその画面を見ていた。

しかし、その気配はなかなか消えなかった。かといって、急に振り返って「キッ!」などと睨むのも大人気ないと思い、しばらく時間が経ってからゆっくりとさりげなくニオイの方向を振り返ってみた。

しかし、そこにはもうおじちゃんの姿は見当たらなかった。俺は(おお、行ったか)と思い、またニュースを読み始めた。

だが、しばらくするとまたそのニオイはやってきた。俺はちょっとイラッときてスマホの角度を変えたりしたが、気配は変わらない。しかも今度は更に至近距離からのぞいている気配濃厚である。
(おいおい、お客さん困りますよ ... )
俺は、もう遠慮する必要もないだろうと思い、いきなりガバッと振り向いた!

しかしである! やはりそこにはおじちゃんの姿はなかったのである。しかも電車は空き始めていた。俺は一人で首をかしげた。しかしいくら見回してもそれらしき容疑者の姿はない。

その時、俺の頭に大胆な仮説が閃いた。
「も、もしや、と言う事は、お、俺自身のニオイなのでは!?」

俺は、周りの乗客に不審に思われないように気をつけながら頭をゆっくりと右に回し、自分の右の肩口に鼻を当てて大きく息を吸ってみた。

こ、これは!

そこにはまぎれもなく先ほどまで嗅いでいたあの嗅ぎ覚えのあるニオイが息づいていた。なんということだろうか。俺はいつからこのニオイを発するようになっていたのか!

俺は自分の発したニオイから幻の敵を生み出して戦っていたのである。ショックだった。初めてマイケル・ジャクソンのムーン・ウォークを見た時くらいショックだった。

仕事場に戻った俺は、その日一日できるだけ女子社員から距離を置いて過ごすと、帰り道にこっそりとマツキヨで薬用ボディ用石けんを買ったのだった。

店を出ると、塀の上の猫がそんな俺を見ながらつまらなそうに大きなアクビをするのが見えた。


(了)

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