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メキシコ伝統料理の香りに包まれた愛憎の物語

スペイン語で読んだ本を紹介していくnoteです。
初回に取り上げるのは、メキシコの女性作家Laura Esquivel(ラウラ・エスキヴェル)の小説『Como agua para chocolate』(コモ・アグア・パラ・チョコラテ)です。

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1990年のデビュー作で、メキシコでは当時ベストセラーになり、映画化もされました。映画は『赤い薔薇ソースの伝説』の邦題で日本でも公開され、同名の訳書も出ています。

これは、私が初めて最後まで読み通せた、
個人的に思い出深い一冊でもあります。
海外の友人にお土産としてもらい、途中で何度か挫折しながらも
ほそぼそと読み進めました。

主人公はメキシコの古き因習が色濃く残る片田舎に住む、
15歳の少女・ティタ。
時代は1900年代初頭のメキシコ革命前夜、
当時の「一家の末娘は生涯結婚せず、母親の世話をしなくてはいけない」
という慣習と、それを強いる母親に激しい反発を覚えながらも、
末娘であるティタは、恋と料理に生きていきます。

この「料理」が、小説を彩るモチーフのひとつ。
母親のお産が間に合わず、台所のテーブルの上で生を受けたティタは、
料理にまつわる不思議な力を宿します。

たとえば、ティタと心が通い合った恋人ペドロが、
母親の差し金でティタの姉と結婚することになり、
悲しみに暮れて婚礼用のケーキを用意していた時のこと。
翌日の婚礼パーティでそのケーキを口にした招待客は皆、
わけもなく過去の愛を想う郷愁にかられ、
婚礼の席でごうごうと涙を流します。

ティタが薔薇の花びらでソースを作れば、
その香りははるか遠くまで届き、
戦場で果敢に戦うメキシコ革命軍の兵士に
媚薬のように愛と情欲を呼び起こしたり。

小説の12章は、一カ月ごとにさまざまな
メキシコの伝統料理のレシピとともに展開され、
これがまた

「クリスマスのトルタ」
「杏子のウエディングケーキ」
「胡麻とアーモンド入りの七面鳥のモーレ」

などなど、とってもおいしそう。
料理にまつわる幻想と現実が入り混じり、
南米的マジック・リアリズムも感じられるような
めくるめく展開が続きます。

これを読んだ当時のスペイン語レベルは
初級者に毛が生えた程度で、
それでもせっせと辞書を引きつつ読破できたのは、
ティタがつくる料理の匂いや温度、
手ざわりや舌ざわりが紙のあいだから漂うようで、
そこに惹きこまれたのでした。

メキシコ料理に使われる素材、にんにくや玉ねぎ、
唐辛子、オレガノ、コリアンダーなどなど、
これがまた読むだけで香り高くておいしそうで。

まず冒頭の一行目が、

La cebolla tiene que estar finamente picada.
「玉ねぎは細かいみじん切りにする」(拙訳)

と、まるで料理のレシピ本のように始まるのですが、
私にはこの一行が、歌のように詩のように感じられました。

タイトルの「Como agua para chocolate」は、
直訳すると「チョコレートのための水のように」。

原書の訳者(西村英一郎氏)あとがきによれば、

ココアのためのホットウォーターのように、で、台所でのココアをいれるという一場面を暗示しながら、ぐらぐら煮えたっているような女性の苛立ち、憤りを表しているようだ

そういえば、古代のメキシコ(インカ帝国)で
古くから薬として飲まれていたチョコレートは、
お湯にカカオの粉を溶かしたものだったとか。
ある意味、メキシコらしいタイトルなのかもしれません。

食いしん坊のスペイン語学習者には、絶対おすすめの一冊です(笑)。

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