柊と。一昼夜〔川ノ森さんに『これ違うくないー?』って言われそうなこの一作〕

柊と。一昼夜〔川ノ森さんに『これ違うくないー?』って言われそうなこの一作〕



茜ミドリ



茜さやかに似てる、ですか?
けっこう言われますね。
耳の形とか。
そんなレアな似かたじゃなくて?
全体的に?
そんなに似てます?
やだなあ。

嫌に決まってるでしょ!
あんなバカ作家!
どうして世間はさやかなの!?
あたくしは茜ミドリなのに。
あたくしが先にデビューしたのに。
作品も、あたくしのもののほうがいいのに…


いつだって、そうだった。
あたくしが心血注いで描いてるものより、さやかがちゃちゃっと書いたもののほうが売れた。

だーってえ。
あたしー。

みたいなバカっぽい文章が、かわいいとか、リアルとか、ほめにほめられて。
あたくしは常に勉強し、片言隻句までよくあろうとしてきた。
でも、世間はそれを堅苦しいと言う…

次の停泊地でさやかが乗ってくる。
船全体が盛り上がるだろう。
アイドル小説家。
見た目も華やか。
茜。
さやか…


似てないよ。

え。

ドキッとした。
ここは誰もいないはず。
なのに、人の声。
若い。
男性の。
嫌だ、あんな感情。
口に…

出してはいない…?

振り向くと、人なつこそうな一対の瞳があたくしを優しくみつめていた。



柊優希



似てないよ。
二人は全然似てない。

青年は、ちょっといたずらっぽく言った。
それがあたくしと柊優希の出会いだったが。


そのころさやかご当人は、柊のことで、完全お冠だった。


レストルームにもおられません。

報告を受けただけであたしは発火した。
だって柊いない。
あの美しいペットと二人になりたくて、こんな企画に乗ったのだ。
姉が乗ってるのも知らなかった。
まあ知っても、あたしは柊と一緒だ。
姉のむかつく表情見れたら、あたしの溜飲下がるのだ。
だって柊は、窮極の姉の好みだからだ。
気ままな犬みたいな性格。
気ままな猫ならプイだが、気ままな犬はプイのくせに懐く。
寄ってくる。
寄ってきて、なでさせて、そのくせやっぱりプイなのだ。
こんな残酷なことはない。
それを姉に見せつけてやるためにあたしは、柊を…


いた。


よりによって姉といる。
あいつ姉をエスコートしてきたのだ!



接触



さやか。
発火してる。
いい気味。
この青年、柊優希がウィークポイント?
いや違う。
さやかの好みは落ち着きのある初老の紳士だ。
こういう若い、お茶目なタイプはあたくしの…あたくしの隠れたフェイバリットだ。
そうかさやか。
あたくしに見せつけようとして、この子を…
おのれ、どこまでも卑劣なやつ!
あたくしをあざ笑うためにこの子をここへ連れてきたのだわ!!

もー、ミドリさんまで発火しない。
まずは一杯飲もうよ。

とウエイターの銀盆から、シャンパングラスを柊、器用に二つ、ついと取った。
ひとつをあたくしの手のひらに押し付けて、

出会いに。

ときれいなウインクした。
顔のゆがまない本物のウインクだ。
一瞬見惚れたその隙に、あたくしたちはさやかに泳ぎつかれてしまったのだった。


柊どこいってたの!
ずっとあたしのそばにいなさいって言っといたでしょ!
何でうすぼんやりと一緒にいるの!

うすぼんやり!?

うすぼんやりをうすぼんやりって呼んで何が悪いのよ!

さ…

思わず言葉が詰まる。
そういうあんたはさやかどころかギラギラのくせに!
とか。
ああ。
言ってやりたいけどあたくしは、あんなふうには言い募れない。
だって!
言い募るのは下衆なことで、私は茜宗一の娘なのだから…

ああでも。
さやかだって茜宗一の娘だ。
なのになんで下衆に振る舞っていいのだ。
母親が正妻だから?
あたくしの母が陰の女だったからか!?
一気に感情がそっち行く。
青い顔して陰気になる。
そう、これがあたくし。
あたくし、あたくしと言いつけていても、あたくしは茜宗一の正嗣ではない。
婚外子。
お妾の子。
愛されて育っても、あたくしとさやかは全く違うのだ。


来て。

柊が不意に、あたくしの腕を引っ張った。
人波がまたきて、さやかがその波を捌いている間に、あたくしと柊は、パーティー会場を後にしていた。



クールダウン



最上階のデッキで、あたくしは柊と二人。
でもあたくしの心は波立っていて、美しい柊といるのに、なかなかうっとりできない。
そもそもさやかが連れてきたってこと自体が怪しい。
どんな企みで乗船させられたのよあなた。

企みも何も、僕があなたに会いたかったのさ。

目にかかる前髪を払う仕草。
横顔も端正だ。
睫毛が長い。
夜は深く、朝は遠く、デッキはあたくしたち以外無人。
シャンパングラスはもう空。
でも酔えない。
一杯だから?
シャンパンだから?
違う。
さやか。
さやかが関わると、あたくしはちゃんと思考できない。
お父様が逝ったとき、棺に駆け寄ろうとした母を、追い払ったのはさやかだった。
あたくしの初めての本のために、お父様が書き下ろしておいてくださったあとがきを、自分のに流用したのはさやかだった。
かわいいとか、本、意外と面白いとか、さやかにはいつも別要素がついてくる。

つまり…

つまりさやかはさやか自身の作品で、愛されたことはなかったのだ。


あたくしのファンの人たちは、作品の話をしてくれる。
あのトリックがすごかった。
あの悪人、最後まで憎めなかった。
続編書いてください!その後どうなったか知りたい…

中に一人、いつもファンレターを白星二つで結ぶ人、この人のファンレターが秀逸で、あたくしはいつもこの人の感想を心待ちにしてたのだ。

ふと気づく。
ここ二年。
白星さんからファンレターもらってない。
私。
見限られた?


考え込んでるね。


大事な人のことを思ってました。
読者さん。
大事な読者さん。
見限られたちゃったかもです。

気づいたら、涙がこぼれそうになってた…

妹さんと喧嘩しても泣かないのに、ファンのことでは泣くんですね。

だって大事なファンだから。
あたくしを見通してるみたいな人で、一番大事なファンだったから。

慰められると倍泣いちゃう女の子って嘘泣きだと思っていたけれど、今本当に泣けてしまって、あたくしは彼の横で、しばらく顔を覆っていた。



何もなく、朝になって。


朝食会場へ行こうとしたときに、そのニュースはネットを覆い尽くしていた。



スキャンダル



茜さやかスキャンダル。
茜宗一の実の娘ではなかった!?

青ざめる。
嘘でしょ?
そこってあのこの最後のプライドなのに!?
ああでも正妻さん、母が愛されてることにめちゃめちゃ嫉妬してらした。
やけになった時期もあった。
そしてそのころ。
確かにスキャンダルもあった…


朝食会場に急ぐ。
一般の方々もマスコミの方々もざわざわしている。
無理もない。
昨日賑々しく乗船したアイドル作家が、一夜にしてスキャンダルにまみれたのだから。
クルーズは、楽しくもあるが退屈な時間も多い。
そんな船旅客たちに、わが妹は格好の話題を提供してしまったわけで…


人垣の中、さやかを守っているのはマネージャー一人、じゃない、マネージャー自身も人垣に巻かれて、全然さやかに寄れないのだ。
青ざめてるさやか。
青ざめてる妹。
血がつながっていようと、いまいと、さやかはあたくしの…

気がつくと、自分が人垣をかき分けて進みながら叫んでいた。


さやかは妹です!
間違いなく本家の子で、お父様の子です!


新しいザワザワが広がる。
仲悪いことで知られる茜姉妹が庇い合ってるぞ!

でもぜんぜん似てませんよね?

いつも嫌がってらっしゃったじゃないですか!


(ええいうるさい蠅どもめ!)


そっくりでしょうどこもかしこも!
耳なんか瓜二つよ!
いつも似てるって言ってるくせに、なんできょうだけ似てないって言うの!?


叫ぶように言ったあたくしの語気がものすごかったのだろう。
記者たちは黙り、後ずさり、いつしかすごすごと引き下がっていった。



姉妹



さやかが乗ってくるとわかった段階で、あたくしは下船の気持ちを固めていたから、衣類や小物の荷造りはとうに済んでいた。
ポーターにスーツケースを預けているとさやかが来た。
カフェに行くと、人目を引くだろう。
私は自分の船室にさやかを招じた。

船室据付のカップにコーヒーをつくる。
韓流ドラマみたいなスティックセットコーヒー。
著名作家どうしが飲むにはチャチすぎて、作りながらちょっと笑ったし、差し出されたさやかもやっぱり笑った。

茜姉妹ってチャチ。

ほんとね。

黙って味わう。
こんなこと、この三十年初めてだ。

降りるの?

うん。
あたくしとクルーズなんて、ぞっとするでしょ?

ジョークで返したものの、意地悪かったかな、と内省するが、急に仲いいのも気味悪いよね。
たたみかけよう。

これ。

差し出す書類はDNA鑑定書だ。

持ち歩いてるの?
いつも?

いつもね。
いろいろ嫌み言われてきたから。
いつ提出させられてもいいように、いつも持ってた。

見せてって言われたことは一度もなかったけどね…
そうなの。
あたくしは妾腹なのに、一度として、誰にも、出生を問われたことはなかった。
書くものが血を感じる、興味の持ち方が似ている、そんなこんな以上に、あなたの作品が面白い。
そんな言い方ばかりされてきたのだ。
何の不足があるものか。

それを自分のだっていえばいい。
どこでも使ってないから、あなたので通るわ。
母親の血液型も同じだし。

ミドリ…

あ、抱きつかないで結構。
呼び方もうすぼんやりで結構。
そのかわりもう二度と、人のクルーズに乱入しないでちょうだいな。

ミドリ…

ずいぶん弱気になったこと。

そろそろ行くねと立ち上がる。
鑑定書を抱いたまま、あたくしを見ずにさやかは言った。

柊はもう降りた。
あの子あたしのフィアンセの息子。
ずっとずっとあんたのファンだった。
あんた好みになりたいって言うからあたしが指南してああなった。
一度だけ会いたいっていうから連れてきたんだ。
白星って言えばわかるって。

白星?

しろ…ほし…??


ミドリ?
ミドリ??

ミドリ???


走った。
あの子が白星だったなんて!
でもみつからない。
どこにいる!?
あたくしに会うためだけに身を変えて!?
あたくしだけのために来てくれたのに!
辺りは下船客、乗船客でごった返している。
彼はいない。
どこにもいなかった。


年末に出した新作から、白星のファンレターは再開された。

末尾に白い星二つ。

でも二度と、私たち、会うことはなかった。


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