万能薬
おそらくうちの母親は、根本的には西洋医学を信じていない様な節があった。出来ることなら自然の力でなんとかしたいと思っていたと思う。
しかし頑なかんじでなく、熱を出したり重症化しそうな気配を察知すると、近所の内科に連れていくのだが、少し腹の具合が悪い程度だと、必ずと言っていいほど梅肉エキスが登場した。
読んで字の如く、梅肉を濃縮したエキスである。だいたいの不調はこれで改善されるという、我が家では水戸黄門の印籠的な扱いで毎度登場した。
瓶を開け、黒光りしたエキスをスプーンですくう。その色艶といい、トルコアイスのように伸び続けるしつこさといい、いったいどんな顔した人間が初めに作ったのだろうか謎だった。子どもながらに、仙人か魔女くらいしか思いつかない。
ほんの少しの量を舐めるだけで、右頬と左頬がくっつきそうになるくらい、非常に酸っぱい。
子どもにとってみれば、罰ゲームのようなものなのだ。内科でもらう、甘ったるいシロップ薬もなかなかだったが、梅肉エキスはその数十倍の威力がある。
あまりに酸味がきついので、お湯で溶かし、はちみつを入れて飲むと程よいのだが、母親的にはめんどくさかったのだろう、スプーンですくって直で舐めるというのが常であった。
その度に悶絶する幼きわたし。腹の具合が悪いのに、なぜまたこんな思いをしなければならないのか、まったく腑に落ちなかったのだが。
また庭先にはアロエがあり、擦り傷にはアロエの中のゼリー部分を塗ると良いと言われた。傷の治りが早いらしい。
今では傷パッドという、傷の治りを早くする便利な絆創膏が売られているが、これを見た母親はどう思うのか気になるところである。
月日が流れ、何故だか我が家には梅肉エキスが常備されている。昨年夫が痛風にかかり、梅肉エキスが効くらしいという情報を得てから、ずっと置かれている。
長らく幼少期の苦い思い出があるわたしは、ずっと手を付けないで横目で見ていたのだが、先日腹の具合が良くないので、数十年ぶりに摂取することにした。もちろん、はちみつを入れお湯で溶いて飲んだ。久しぶりに飲むと、甘酸っぱくこれがおいしい。
しばらくすると腹の調子も良くなり、全体的に体も軽く、すこぶる具合がよい。
全知全能の万能薬を得た気分である。しかし乱用してはいけない。ここぞ、という時に印籠を出すかのように使用するのが、ツウな使い方なのである。
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